ゅぃゅぃ日記

声優、小倉唯さんを応援しています。

オタクとして消費者として一流でありたい、という話

先日以下の記事を読みまして、感激してオタク泣きをしてしまいました。

note.mu

Qiita等に多く見られるような「お前~」から始まる記事タイトルフォーマットにはほとほと呆れ果てており、当該記事がTwitterのTLに流れてきたときも、忌避感や嫌悪といった感情が真っ先に浮かんできたというのが正直なところでした。なので、普段通りであれば軽率なアクセスは浪費するだけと控えるし、これは読まなくてもボクに損のないものである、とヒューリスティックな判定をしてしまいがちです。しかし、「オタク + 長文」という魅力的なワード、そして、この情報はボクが信頼を置いているフォロワーさんからの「いいね!」によって伝播されたものである、という二つの事象が引っ掛かり、「大した内容じゃないことを確認するだけ」という軽い気持ちでアクセスしてしまいました。ブコメにも書いたけど、ホントこれ。それな。全文同意。ボクもなんか書きたい!!!!となりまして、この記事が執筆されているわけですね。

例によって長いので、先に目次を置いておきます。

  • オタク語りの事例紹介
  • 書けるところから書く
  • 書いた文章をオタクに公開しろ
  • 書けなくてもできること
  • 終わりに

構成上こうなってしまったのですが、「書けなくてもできること」がオタクとして、消費者として最重要かと思っています。好きなものを語る、布教するといった行為は想像以上に体力のいる活動です。しかし、体力を使わなくても消費者としてできることはあり、この章ではそれを主張しています。

また、「俺の好きなものは自分や仲間内で好き合えればそれで十分」という意見も尊重いたします。ここから先に記されている内容は、「自分もオタク語りしてみたい」とか「好きなコンテンツを盛り上げたい」という気概のある方々に向けて自分の意見をまとめたものになりますので留意いただければと思います。書いてあることをぜったい実行しろ、こうあるべきだ、といった理想を押し付ける性質のものではありませんので良しなに。

オタク語りの事例紹介

オタクをしていると熱量のある文章と衝突してオタク泣きをしてしまうことが稀に良くあります。ボクは小倉唯さんのオタクなので、小倉唯さんのオタクが執筆した記事がTLに流入してくる機会が多く、以下の記事はその中でもオススメのものです。

pnkmgnd.hatenablog.com

ボクの観測範囲では「小倉唯さんのアンチから小倉唯さんのファンに転生した」というオタクを数人知っておりまして、そういった方々の視点を得るという行為はとても興味深く、そしてこちら側になってくれたことを歓迎するとともにとても嬉しく思っています。人間の価値観が歪む瞬間というのは確実に熱量がこもっていて、感情の機微、その移り変わりを文章に書き起こす作業というのはとても神経をすり減らし自分と向き合う貴重な体験かと思います。また、異性の方が書かれた文章ということもあり、自分では感じ得ない事象の追体験はとても貴重なことでした。最近投稿された「世界一可愛い子に生まれたかった」(田村ゆかりさんのLIVEに初めて行った話)もオタク語り全快でオススメです。

yatteiki.fm

後編なのでセキュリティや技術の話はなく、オタクによる早口なオタク語りだけです。ご安心ください。ntddk さんというインターネットユーザ(広義の故人)がおりまして、ボクはその方の「オタク観」というものに非常に感銘を受けています。その中でも引用させていただいた「yatteiki.fm」で話されているオタクトークは本当に良くって、何回でも聴きたくあらゆる方に聴いてほしい内容に仕上がっています。表現媒体が文字と音声で違いますが、オタクの秘めている熱量という意味では共通しており、表現の方法が違うだけでオタク語りは健在です。このラジオの中で語られている内容の何が良いかというと、「オタクは姿勢を正すべき」という主張にあります。ここでいう姿勢を正す、というのは、今のティーンエイジャーが感受しているであろうコンテンツとの向き合い方、咬み砕いて言うと、ソードアートオンラインを見て「うぉおおおおおおおおお!!!!!キリト君かっけぇえええええ!!!!俺もキリトくんになりてぇ~~~~!!!!!!」といった純朴な感情を掘り下げること、年を取って成熟した認知フィルター、人間の認知バイアスによりコンテンツへの認識・理解を歪めてしまうことへの危機感にあります。知覚した情報を処理するこの認知フィルターを今更強制することは難しいわけでありますが、ふと気づいた純朴な感情、理由の付けられないエモーショナルな感覚を大切にしていきたい、ということを考えさせられるオタク語りでした。

hetyo525.hateblo.jp

最後は私事なのですが、自分の好きな異世界スマホをたくさんの方に知っていただけてとても嬉しい体験でした。ボクは積極的に自分から他者に絡んでいく性格ではないので、記事を見て好意にしてくださるというのは非常にありがたい限りです。冬のコミックマーケットC93では「異世界スマホの記事を読んできました」と挨拶をしてくださった方が複数人いましたし、去年の徳島マチアソビに単身でいったときには「あの人が異世界スマホ13000文字の人だよ」と紹介され爆笑したり、ボクが取れなかった抽選のイベント参加権を「また面白い記事を書いてくださいね」と向こうからの提案で譲ってくださった、ということがあって、邪な感情ながら執筆して良かったなぁ、と感慨深いできごとでありました。細かいできごとはともかく、インターネットがマイノリティと思われていた自分の好きなコンテンツで賑わっているのは純粋に嬉しいものです。

オタクのオタク語りは「好き」という気持ちが真っすぐで、読んでいて、聴いていてとても気持ちの良いものです。こういったオタク語りとオタク個人のパーソナリティを切り離すことはできません。オタク個人の感性を切り離し、純粋にコンテンツだけを抽出したもの、それは単なる「論評」です。オタク語りがオタク語りたり得るためには、そのオタク個人の思想や特殊な体験があってこそと考えます。なので、オタクは恥ずかしがらず自分の感情を全部出せ。むずかしそうな知識を総動員した論評は、専門家に任せてボクたちはオタク語りをやればいい。

書けるところから書く

文章の構成、とりわけ多くの方に読んでいただきたい!と願うものであれば、文章の冒頭、導入部については細心の注意を払い、無際限に時間を費やしても正解がわからず頭痛の種となるところです。何故ならば、初めの数行で記事に興味を抱いてもらえなければそれ以降にどれだけ自分の伝えたい内容が記述されていたとしても読んで貰えることはないからです。オタクは忙しいことが知られており、アニメは無残にも一話切りをされてしまいます。とにかくオタクはそのような生き物なのです。

しかしながら、そこを練るのは後回しで良いと思っています。というか、この投稿自体ここから書き始めています。当然いつかは完成させなければいけない箇所がたくさん残っていますが、それらは頑張ればなんとかなります。いや、なんともならないかもしれない……。ですが、ここはもう、頑張れ、としか言えないところなのです。ボクもストロング缶を開けて泣きながら頑張っています。「これらのパラグラムは仲良く連関し合うのか???」といった疑念が晴れないままに、とにかく書けるところを今自分が持っている熱量のままキーボードに打ち込んでいくしかないです。あとは祈ったり、未来の自分を信じたり、過去の自分を呪ったり、そんな感じです。書き上げてはみたものの、これが相手に伝わる文章になっているのか、自分の主張したいことが不明瞭で、不親切で、これはもう自分でもわかんねーよアホか、と匙を投げる。そんな文章はいくつもあります。今この場で偉そうにご高説を垂れているこのブログの更新頻度がクソ低いことを鑑みれば、ボクなんかも文章を書くことに思い悩んでいるということが幾ばくかは伝わるのではないかと思います。好きなものを好きと語るのは想像以上に体力がいることです。

じゃあなんで書くのか、頑張ることで何があるのか、という話ですが、これは自己満足・自己肯定に他なりません。ボクの場合は、ですが。ボクはボクでしかないので、他の人の執筆モチベーションのことはわかりません。万が一記事がバズって自分の好きなコンテンツについて触れてくれる人、語ってくれる人、ボクの意見に同調してくれる人が増えてくれればオタクとしてこれ以上気持ちの良いことはありません。ボクの好きなものをみんなが好きである、それが自分の最良としている世界です。もちろん、多様性という概念は知っているし、そもそもボクの論理が破綻していて反論や批判を受けるということは尤もなことかと存じます。しかしながら、価値観は流動的であり、答えのあるものでも停滞しているものでもないため、ボクの理想の世界というのもまた流動的であり、反論や批判や別の視点を取り入れてアップデートしていくべきものであるわけです。女性声優オタクとしてのスタンスの変移は、女性声優オタク駆け出しの2010年の自分が見たら別人と呼べるものにアップデートされているのではないかと思います。歳月が流るるとはそういうものです。

繰り返しになりますが、文章を冒頭から順繰りと書くのはとてもむずかしいです。なので、熱量のままに書けるところからキーボードに打ち込むのがいいです。蓄えられた熱量を放出するのは気持ちがいい。自分の熱量が見える形に整っていくのは最高に気持ちがいいんです。「鉄は熱いうちに打て」の精神です。自分のオタク熱量が時間とともに霧散してしまい後で追えなくなってしまうのはあまりにも悲しすぎて耐えられません。文章の刃を研ぐ行為も後でやればいい。これは、ひと様の視線を意識した文章の構成や言葉尻の調整などのことです。多少不格好であっても、あとで研磨すれば大抵は読める文章になります。イベントの感想であれば、どこどこがすごかったとか、素晴らしかったとか、えっちだった、とか、理由はわからないけどオタクとして身体が反応したエモーショナルな部分を全部書き起こしておいて、ディテールの部分は時間をかけて研いでいけばいいんです。まずは、熱量を保持し続け、不格好でも形に残しておくことです。熱量だけは、失ってしまうと取り返しがつかないものなので。

書いた文章をオタクに公開しろ

せっかく刃を研ぎ澄ましても、鞘にしまい込んで覆い隠してしまうのはもったいないことです。そして、自分の文章が他者の価値観を歪めた、という事実はとても気持ちの良いものです。オタクがオタク語りを公開する意義はここにあると思われます。これは、中高時代に友人にえっちなマンガやアニメを提供して「こちら側」の世界に引き込んでしまったときの体験に似ています。さらに、コンテンツ側の視点で考えてみたとき、新規の消費者が増えることは少なからず市場に良い影響を及ぼしているはずです。インターネットで言及する人間が増えるだけでそれ即ちコンテンツへのリーチ数に多少なりとも影響しているはずです。オタクとして、消費者としての幸福は、自分の好きなものを語り、そのことでコンテンツが盛り上がる、自分はこれに尽きると勝手に思っています。もちろん、フォロワー数が少ない、発信力のある知り合いがいない、などで埋もれてしまうこともあるかと思います。内容に熱量がこもっていても、人目に付かなければ徒労に終わってしまう……そういった恐怖が付き纏うものと思います。この記事なんかもそうです。なんか書こうと思ったんですけど、こればかりは祈るしかありません。ボクは内容で勝負したい、という気持ちがつよいのでタイトルは敢えて捻らないことが多いので参考にしないでください。ただ、あり触れたタイトルなのに内容がオタク語りというギャップは面白いのではないか、と勝手に想像しています。それでもあれなら @hetyo525 に記事のURLをメンションで飛ばしてください。読みます。

そしてこれもとても大切なことなのですが、誰かのオタク語りを読んで、少しでも「いいな」と共感したのであれば、簡単でも良いので感想を伝えてあげてください。はてなのようなサービスであれば、スターを付けるだけでも「読まれているぞ」という実感を得られますし、何事も成果が得られないというのはつらく、今後の活動を疎外してしまうものです。なので、読者がいることを、何らかの方法でオタク語りしている人に伝えてあげてください。軽視されがちですがこれは本当に重要で、同人作家なんかのモチベーションもこれによるところが大きいです。あなたの感想ひとつでそのジャンルの本が次回も頒布されるかもしれません。モチベーションに寄与するものも、また熱量のこもった感想であるわけです。勿論、強制するわけではなくて、面倒だな……恥ずかしいな……誰か他の人がやっているし……と躊躇していた人は是非やっていきましょう、という話になります。この考え方は、次の章でも同様のことが言えるかと思います。

書けなくてもできること

オタクとして「コンテンツを盛り上げたい!」という気持ちがあれば、誰でも簡単にできることがあります。

ボクとしては「好きなものを知ってほしい」という気持ちと「好きな女性声優さんを応援したい」という気持ちに従って素直に行動すればRTする以外の選択肢はないんですけど、コンテンツによってはどうにもRT数が伸び悩む、演者さんによって極端に偏っているというケースが散見されます。自分がやってないのでやれと言いづらいのが喜びのリプライでというやつで、こうやって不特定多数に曖昧な文章を投げつけることに抵抗はないものの、声優へのファンレターであったり、ラジオへの投稿であったり、企画してフラスターを出したり、ブログへのコメントであったり、ボクは直接的な応援というのが極端に苦手という特性があります。相手に読まれている、ということをあまり意識したくない。まぁ、オタク各々できることをやっていくのが良いかと思います。メール職人はそれだけでコンテンツに寄与していて素晴らしいし、要はアプローチの違いなんですよね。得意なこと、できることを無理のない範囲でそれぞれやっていくのが良いと思います。

オタク語りとは毛色が違うのですが、オタクに140文字でコンテンツを布教するときの事例を挙げてみます。

「ルッキングオーダー」は本当に最高です。ボクは音楽理論とかそういうのはさっぱりわかりません。でも、好きな曲調なのでどうにかオタクに知らしめたい、と考えたときにリリースイベントで小倉唯さんが話されていた内容と、楽曲の宣伝を盛り込んで捻り出されたのが上記のツイートです。本当は圧縮ではなくサンプリング時の話、らしいんですが、主張したいところは小倉唯さんの声が削り取られていて損失ですよこれは、というところなので細かく言及はしません。ただ、我々声優オタクは女性声優さんがそう仰られるのであればオカルトでもなんでもハイレゾで聴くべきである、という信念のもとに活動しているので、工学的な知識というのは実際些細な問題だったりするのです。

まきちゃんさんの記事にもあるとおり、主語がデカい発言は嫌がられることはあれど、好きなものを推すときはその限りではないと思います。ネットスラングでは「太宰メソッド」などと呼ばれ、詭弁であると言われているレトリックですが、無意識ではなく意図的に、誰が読んでも詭弁であるとわかる文章に於いては取り立てて非難すべき性質は備えていないと思われます。「小倉唯さんの重要な情報が削ぎ落されている!これは人類の大いなる損失だ!」と書いて、「人類がヤバイ!!!!」と危機感を抱く人間は小倉唯さんのオタク界隈以外に存在していないからです。これは、わざとズレた発言をすることで意識を向けさせる手法であり、論理学的に正しいことを主張したいなどという意図は毛頭ないのです。インターネットに垂れ流される情報は多く、人目を向けてもらうための誇張表現、低俗なミームで装飾された呆れ果てる程の焼き回し記事が蔓延っているのもまた事実です。オタクがだるいと思わず、興味・関心を向けてもらえるような表現というのはむずかしいもので、自分もこうして文章を書きながら模索している最中です。

www.youtube.com

終わりに

ボクの考える一流のオタク、消費者とは、自分で好きなコンテンツをたのしみながらもコンテンツに寄与できる、どちらにとってもメリットしかないそんな素敵な関係性を築けるオタクのことです。一流、とバカでかい形容詞を付けましたがそんな難しいことではなく、オタクをやるなら好きを全力で周りに布教してコンテンツも盛り上げろ、とただそれだけの話です。また、自分がコンテンツを支えている、という気持ちは自己肯定に繫がります。地下アイドルを支えているドルオタみたいな気持ちになります、とか書くと怒られそうですが、とりわけ日の目を浴びていないコンテンツであれば一入ということです。あまり声を大にして自己肯定感に浸っていると界隈の内外から叩かれたりするわけですが、こうしてチラ裏でオタク語りをする分にはもう少しオタクのナルシズムに寛容になっても良いのではないかと思う次第です。少なくとも、ボクはあり触れた感想文よりもオタクの熱量のある拗らせた文章が読みたいです。なので、ボクのために拗らせた文章を書いてください。

よろしくお願いします。

www.e-onkyo.com

ルッキングオーダー -diva. Kurush-(cv.小倉唯)

ルッキングオーダー -diva. Kurush-(cv.小倉唯)

小倉唯さんのニューシングルもよろしくお願いします。

……オタクは今すぐランス10やらんかい!!!!!!!!!!!!!!!