ゅぃゅぃ日記

声優、小倉唯さんを応援しています。

小倉唯さんのお渡し会かなり良かった。

良すぎて帰宅するまでツイートしながら反芻するやつをやった。

イベント前

イベント後



うーん、ツイート並べただけだと読みづらいというか読む気にならない。ツイートの時代はおわりだ。「お渡し会って時間も短いし会話まともにできないし伝えたいことも特にないしなんの意味があるんですか?」みたいなやり取りをツイッターのオタクとしたことがあって、そのときは「わからないけど……お手紙より直接の方がなんとなく良い気がする……」って明確な答えを出せずにいたんですが今回ですべてわかった。ボクは小倉唯さんの瞳が好き。「目は口ほどに物を言う」という言葉の語源を自ら知ることができた。というか口から得られない情報だし、口以上ですよこれは。ちなみに、小倉唯さんとの対話では以下のことを伝えようとがんばっていました。

  • 小倉唯さんのブログの文章がめちゃめちゃ好きだということ
  • 新譜のカップリング曲「かけがえのない瞬間」も唯ちゃんの文章で良くて、今こうして笑顔で会話できるのがもうかけがえのない瞬間で尊い

……多分ボクがオタク過ぎて上手におしゃべりできていなかっただろうから意図が正しく伝わったかどうかは微妙……。普段は人とあんまり会話をしないので、その弊害がこういうときに現れるというのがあって、これはなんとかしたいですね。

気分が良いのでお酒を飲みます!

相坂くん

相坂優歌 1st LIVE「屋上の真ん中で君の心は青く香るまま」に行ってきたので感想を書きます。最近の自分はなんか良いことを書こうとしすぎて筆不精になってしまっている感があるのでダラダラと書いてく。

相坂くん*1、ボクは結構前から好きで、2014年に「甘城ブリリアントパーク」や「俺、ツインテールになります。*2」、「桜Trick」でメインどころの役を演じられていて、そのあたりで相坂くんという名前を知ったような記憶がある。特に俺ツイはアニメもかなり好きだったし、女性声優生放送の服装が暴力的なまでにつよくって、それはもう涎を垂らしながら生放送を視聴していた記憶がある(顔文字さんも好きなので)。

相坂くんはなんといっても「太腿」がすごく良くて、これはもう声のオタクだからそういうのはどうこう言ってられないくらい太腿をアピールしてくる。相坂くんは自分の太腿が魅力的だということを恐らく知っていて、1st LIVE で驚いたことの一つに「すべての衣装がショートパンツ(何故かスカートも正面に∧字の切れ目が入っていて下に穿いているショーパンを覗かせている)」という拘りがあって、そこからも窺い知ることができる。

そういうわけなので、声優パラダイスとか生放送とかそういった女性声優さんの肉体を全面に押し出してくるコンテンツ提供のされ方もあって「そういう見方」をするようになってしまっていた。「相坂くんといえば太腿の人だ」という意識が 1st LIVE に参加するまでは大部分を占めていた。

これは高橋李依とかいうオタクのオタクツイート

じつは今回の 1st 以前にも相坂くんの生歌イベントには行ってみたいと何度も思ったことはあって、2016年の「相坂優歌Birthday eve(誕生日前夜祭)ライブイベント」は3枚分応募するも落選、2017年の「相坂優歌生誕祭-みんな生まれたときから一人ぼっち仲間-」はチケットを購入する権利を得たものの決算手続きに失敗して不参加という経歴があるので、2018年で2年越しの初参加という形であった。今回は本当は行く予定ですらなくて、直前になって余らせていた知り合いに誘われて急遽行く感じだったので熱が冷めるってこえーなって最高の LIVE に参加できた喜びを噛みしめている今になって冷静に振り返ると思うところである。

良かったところ

とにかく圧倒的な声量と心地の良い声質。女性声優が「ちょっと歌唱に挑戦してみました~」という感じとは明らかに訳が違うことが生歌を聴いて直ぐにわかった。生歌でここまでブレないのか、という驚きと、生歌だからこそ伝わってしまう声の緩急がとても魅力的で凄まじかった。加えて生バンド*3、会場のワンドリンクは"アルコール有り"と最高の環境が整っていて、仕事終わりに毎日酒を飲みながらこれをしたいという気持ちに酔いしれていた。LIVE の詳細なレポートは下の記事に上がってたから記事を読んでください*4。ボクは別のことを書く。
http://www.anime-recorder.com/system/doc/AT004_Article/17233/5.jpg 相坂優歌、1stライブレポート。「聖少女領域」「エレメンタリオで会いましょう!」など幅広い楽曲でファンを魅了 | 記事詳細|Anime Recorder|アニメレコーダー

相坂くんの LIVE で特に印象的だったのは「カバー曲」だ。それは「カバー曲が珍しいから印象に残った」という単純な理由ではなくって、それぞれの楽曲をカバーしたことの意味、それを相坂くんの言葉で聞くことができたからだ。例えば、ALI project 作詞、作曲の楽曲『翡翠蝶の棲む処』に続けて披露した『聖少女領域』は、「学生の頃、校内放送で初めて聴いたときに衝撃を受け、親がドン引きするくらい練習した。今日皆さんの前で披露することができるなんて夢にも思っていなかった」と語られる。以下も同様に LIVE の MC 中に語られたが、相坂くん本人がツイートしているのでそちらを参照する。

大森靖子さんの楽曲は「我儘な女の子」を歌っている、女の子は可愛い、可愛くないところすらかわいい。みたいなオタク語りを LIVE の MC でされていたように思う。わかりすぎる。

以上のように、『翡翠蝶の棲む処』の次に『聖少女領域』や、『瞬間最大me』の次に『ハンドメイドホーム』が歌われるなど、そのセトリの並びとなっている意図を知ることができた瞬間というのは、いつもお家で純粋に楽曲を聴いているだけでは感じることのできないエモーショナルな体験であったように思う。同時に、相坂優歌というアーティストの人生観や思想というものが凄い勢いで流入してきて混乱しているのか相坂くんのことを一瞬で好きになってしまった。

甘城ブリリアントパークが本当に大好きなんですよ!女の子がみんな可愛くて…」というオタク語りといっしょにカバーされた『エレメンタリアで会いましょう!』のイントロが流れ出したとき、ボクはもうかなりのオタクな笑顔を浮かべていたように思う。ボクの好きな作品を女性声優さんも大好きで、その好きなことを大きな声でオタク語りしてくれるという姿勢がとにかく気持ち良すぎるのだと思う。

クリープハイプのカバーとして歌われた楽曲『大丈夫』、この言葉は相坂くんの MC を聞いたオタクの皆さんならば特に印象に残っているフレーズだと思う。何かと言うと、「弱音を吐くことがダサい、恥ずかしい、メンヘラって言われる、良くないことらしいけど、なんでその感情を隠さなければならないのかわからない」って疑問を相坂くんは感じていて「辛いことって誰しもあるのになんで我慢しなきゃならないの?」という素朴な感情、生きづらさ、そういったもので押し潰されそうになったとき、「大丈夫だよ」って声を掛けてくれる人の存在について、その素直な心情が語られたあの空間に於いてのそれはファンのことであり、そして「みんながつらいときは私が大丈夫って言ってあげる!つらいことがあったらリトマス紙*5の方にメールをください!」と語った相坂くんもまた、ボクらを救いだしてくれるのである。相坂くんは「生きてるだけで偉い!」って褒めてくれたしボクはかなり偉い。

その MC のあと、最後に歌われた2回目の『透明な夜空』。序盤で歌われたときはブチ上がっていただけなのに、相坂くんの言葉を咀嚼したあとだと印象がガラリと変わっていて、以下の詩を聴いてオタク涙が止まらなくなってしまいました。

LIVE 終わりにオタクたちと合流し、バーミャンで100円のワイン/紹興酒/梅酒をデキャンタで注文しながら「大丈夫!大丈夫だよ!」とその日に仕入れた新鮮なネタで笑い合う時間はめちゃめちゃしあわせだった。「大丈夫だよ!」って一見陳腐に思えるような言葉でも、その意味と用法を知っていればこんなにもたのしい気持ちになれるのか、という驚きと嬉しさに包まれていた。

最近ボクが特に感じていることなんだけど、この純粋にたのしい、とか、自分は良いと思う、という感覚・感情を世間の評価とか言葉で否定され、否定を受け入れて生きていくのって最悪だな、というのがあって、「そんな幼稚なことまだ言ってるの?いい大人だよね?」みたいなのは全部無視して、「あぁ……この人はそういう感情を失ってしまった哀れな人だな」と思って生きていくことにしている。だからこそ、大人になってもアニメが大好きで、アニメキャラに救われていて、アニメキャラの気持ちを理解しようとして声を当て続けている女性声優さんという人種のことが好きだし、生放送特番で幼稚な遊びをしたりだとか、ゲーム番組で心からたのしそうにゲームばかりしていて、ゲームについて語りだしたら止まらなくなるような女性声優さんのことを好きなのだと思う。

好きな女性声優さんが増えたことで「お前はちょろすぎる」って言われるようになってしまったんだけど、「これで好きにならんやつおらんやろ」って体験をしている機会が多いのであって、オタクは変なしがらみで自分を縛り付けたりアホな拘りを持っていないでいろんな演者やアーティストのイベントに足を運んで見聞を広めるべきだと思う。ぜったい損してますよそれ。それをやりつつも、「トクベツいちばん!!*6 」は大事にしていけば良いのではないでしょうか。

相坂くん作詞曲でボクが好きな詞

あと、相坂くんの魅力は声帯だけではなくその独特な感性と思想が反映された作詞力にもあるので以下に書きなぐります。

セルリアンスカッシュ

オタクのツイートを読んでなるほどなって思った。
テキトーに折れる人、自分はそこにすら手が届かないもどかしさ、生き辛さ、自分への苛立ちみたいなのがあるよなと思った。

これは2番Aメロの歌詞なんだけど、ボクが更に好きなのはCメロのここ。

決して器用に生きてきた方じゃないけど
きっと今の僕がこれまでの自己ベスト
諦めも後悔も抱き締めてまた記録
塗り替えてこう

ぜったい「決して器用に生きてきた方じゃないけど、きっと今の僕がこれまでの自己ベスト」って言える人生になりたいじゃないですか。あと、セルリアンスカッシュの詩で良いところは「君」の存在なんですよね。これは先に上げたとおり「大丈夫だよ」って声を掛けてくれる他者の存在であり、同じ「アクティヴレイド-機動強襲室第八係-」という作品で、1期の主題歌であった『透明な夜空』の歌詞ともリンクしている。うーん、ありえん良い。

Dependence

傷付け合うことに怯えて
見えないふりが得意になる

...

見えないふり癖になって見えたもの壊してく

...

見えないふりはもう出来ない(ここセリフ)

...

傷付け合うことに怯えて
いつもDependence逃げてたの
守られないあの約束と
君のことがずっと好きでした

いちばん最後の「君のことがずっと好きでした」で号泣──。ってなる。 相坂優歌さんと二人Dependenceしたいという感情以外を失った(語彙消失)。




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屋上の真ん中 で君の心は青く香るまま (初回限定盤A)CD+BD

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TVアニメ『甘城ブリリアントパーク』キャラソンシングル「シャイン」

TVアニメ『甘城ブリリアントパーク』キャラソンシングル「シャイン」

*1:「相坂くん」という呼称は中性的な印象があり気に入っていると本人が述べていた(と思う)

*2:俺ツイの原作者が「相坂くんだけは収録現場で最後までツインテールでいてくれて、それ以来CDを買ったり、ハイレゾ音源を買ったりしている。いつも相坂くんから元気を貰っている、ツインテールの様に」ってどっかで語ってた

*3:バンドメンバーはここを参照 https://twitter.com/Tokisawa_Nao/status/977169519205523456 キングレコード、そろそろ生バンドやってくれ。あとハイレゾ配信はやくしろ

*4:これ読んでから書き始めればよかった……書いてからレポあるの気づいた。記憶が戻ってこなくて死んでたので

*5:相坂優歌の一人喋りラジオ「相坂くんのリトマス紙」 http://www.joqr.co.jp/aisakakun

*6:麻倉もも 2nd シングル TVアニメ「プリプリちぃちゃん!!」 主題歌

"小倉唯" さん

様々な出来事があり、様々な感情がありました。
ここから先の文章は、女性声優さんによる一切の閲覧を禁じます。

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ボイラジ~僕の好きなパーソナリティ~ 第5話より




小倉唯さんという女性声優さんについて、皆さんはどのようなイメージを抱いているでしょうか。

友人や知人に「小倉唯さんの大学卒業が確定した、めでたい」という話をすると、きまって「えっ、小倉唯さんってもうそんな年齢なの!?高校卒業じゃないのか……」といった反応*1を受けることからもわかるように、彼女のイメージには常に「幼さ」が付き纏っているように思えます。そんな小倉唯さんの8枚目のシングル『白く咲く花』が先日発売され、音楽ナタリーで物凄いインタビュー記事が公開されました。

より素の私に近いと言いますか……1人の人間として、小倉唯としてもっと強くありたいという思いだったり、
...
実は最初もっと柔らかい歌詞だったんですよ。ここまで芯の強い感じのカッコいい歌詞ではなくて、もうちょっとキラッとした、普段の小倉唯のイメージに近いような歌詞をいただいて
...
今の私自身のことをよくわかってもらえる、そして小倉唯という存在自体のヒントをより得られるようなシングルになったんじゃないかな

小倉唯「白く咲く花」インタビュー|変わらない信念を抱き、新たな世界へ (1/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

小倉唯という存在自体のヒント」という表現からは、鮮烈かつ超越的なまでに達観した印象を受け、これを目にした時は頓狂な声が思わず上がり、言い知れぬ愉悦の情が沸き起こり、その味わったことのない快感に心が激しく打ち震えました。それは彼女の「表現者」としての成長を文面から感じ取ったからかも知れませんし、もしかしたら「小倉唯さんの存在に意義を見出そうと躍起になっていたボクの思考や思想は既に小倉唯さんによって掌握されていた」という事実の認識、ボクの視点から一方的に見えていた関係性の転換にコペルニクス的転回を得たことによる快感かも知れません。

ボクという人間は小倉唯さんのことが大好きです。大好きな人のことをより深く考えたり、際限なく知りたくなるという欲求、オタク活動を続けていれば「"小倉唯" とはなにか?」という自己への問い掛けは自然と生じるものに思えます。

だって、約6年半ですよ。「ぜったいお前が好きな容姿だから行ってこい」と悪友(恩人)に握手会の参加券を渡されて初めて参加した小倉唯さんのイベント、2011年09月24日に開催された『ゆいかおり 1stアルバム「Puppy」キャンペーンイベント!』で、その幼くあどけなくありえん整った容姿、バカでかく吸い込まれそうな猫目の瞳、舌っ足らずで魅力的な声帯、触れることもおこがましいぷにぷにのお手々に身も心も包み込まれたあの日から、それだけの歳月が流れているわけです。

初めて会ったときの小倉唯さんは高校1年生、それこそ正真正銘疑う余地のない「無垢の少女」であり、少女であることは「需要」であり、世間に求められるがままメディアへの露出の機会を増やしている、経歴として役者あがりではあるものの、声優としては活動を始められたばかりの新人さんでした。冒頭でも示したとおり、自分の中の小倉唯さんのイメージといえば、やはり「幼さ」というものが尾を引いていて、長らくの間(今も名残はあるが)固着したものをアップデートできずにおりました。

その少女であった小倉唯さんがひとりの人間としての自己を獲得し、自立した「大人」の女性に至るまで過程を、成功への階段を駆け上がるシンデレラストーリーを、ファンというもどかしい距離感からではありますが、ほぼ毎日のように、彼女のブログやイベント、LIVE の MC、インタビュー記事を通して発信されるお気持ちの表明を享受し、大きな発表があれば自分のことのように喜ぶ、そのような生活を長らく続けてきて、只のコンテンツとして、消費の対象として無配慮に小倉唯さんと接するということは、それはむずかしいことなわけです。

なにがきっかけだったかもう忘れてしまいましたが、小倉唯さんを応援する上で、彼女のことを深く知る中で、小倉唯さんへの接し方、ということについての葛藤がボクの中に渦巻いておりました。「なんだよ "ゅぃゅぃ日記" って、バカじゃねーの」って気持ちにもなりました*2。そもそもこのブログは、小倉唯さんのブログの更新が途絶えたことによって心の拠り所を見失い、精神的に不安定となってしまった貧弱すぎるオタクが「じゃあボクがブログを書きます」とかいう意味不明な動機付けで開始したわけでありまして、「では何を書こうか?」となったときに、ボクはオタクでありましたから、自分だけが知っている小倉唯さんの情報を公開して皆さんに小倉唯さんに内在する魅力のいちばん深いところまで知っていただこう、とそのような経緯で更新を続けていたものであります。

今になって振り返ってみると、この小倉唯さんのブログ更新が途絶えた時期というのは、彼女にとっていちばん仕事が苦痛で悩み、将来への不安を抱えていた時期であろうことは想像に容易く、いったいボクは小倉唯さんのどこを見ていたんだ、他にやるべきこと、気にすべきことがあったのではないか、といった後悔の念で心が苦しくなります。

そんな過去の過ちについて漠然と考えたり、考えることから逃避していた時期というのが2016年後半以降、「オタクはオタクらしく大好きなアニメの考察記事でも書くか……」と方向性の転換を決意したところ、皆さんご存知のとおり 2017年03月31日に「ゆいかおりの活動休止」発表がありました。発表があった日、あまりにもつらくて耐え切れず、「飲みに行きましょう」と誘ったところすぐに駆け付けてくれて、終電付近までボクの憔悴しきった心の保養となるオタクトークに付き合ってくれた石原夏織さんのオタクには頭が上がりません。

その後、石原夏織さんは2018年03月21日に1stシングル『Blooming Flower』で華やかなソロデビューを飾りました。順調に Carry up!? を遂げている石原夏織さんの躍進を見ていれば、彼女の意思というのは明確に捉えることができるし、彼女のファンの皆様方がとても快活に各々のオタク活動に努めている様子を見ていると、彼女の選択は英断であったと言えるでしょう。ボクもそれが「ひとつの正解」であるということを、ひとりのゆいかおりファンとして今は自信をもって宣言することができます。

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ボクはカップリングの『Untitled Puzzle』が好き。

***


でもやはり、活動休止直後のボクの心というのは常に猜疑心に揺られ、その事実の理解というのを拒んでいたように思います。その理由の大部分は「石原夏織さんが何を考えているのかさっぱりわからない」ということに依拠しておりました。これはもう、オタクの妄言といいますか、なにを言っているんだこいつは……と聞き流してもらっても構わないのですが、ボクの視点では、小倉唯さんが自分のお気持ちを次々と表明していく一方で、石原夏織さんというのは、相方に触発されるわけでもなく、あまり自己を露呈させない、というふたりの心情表明の対比という部分でモヤモヤしたものを感じていました。

そのような意識が根強かったため、ゆいかおりLIVE TOUR「RAINBOW CANARY!!」での石原夏織さんの以下のリアクションは予想外で、つよく心を打たれたことを覚えています。

石原さんはツアー初日の大阪公演の際、『星降る夜のハッピーリンク』で涙があふれてた時のことにも触れました。「(久しぶりの公演ということもあり、実は自信が持てないままだったが)ステージに上がったら、みんなは私が思った以上の熱い視線で迎えてくれました。歌詞の『君がいつも探してる 大事なものはいま ここにある 手を伸ばせば ここにあるよ』は、私たちからみんなへのメッセージだけれど、自分のことも言われているなって」と感じた時に、これまでの楽曲や歌詞、ファン、スタッフ、そして小倉さんの存在が「私の人生にとって大切なものだ」と胸に迫り、涙になったのだと話します。

『ゆいかおり』日本武道館ライブレポ | アニメイトタイムズ


このときボクは、初めて石原夏織さんという個人のことを少し理解できたような気がしました。いつも素晴らしい演技で魅了してくれ、小倉唯さんといっしょになってたのしそうにおちゃらけている魅力的な相方は、声優、アーティストとして急成長を遂げてゆく小倉唯さんと肩を並べながら何を思うのか、そのことばかりに意識が向いていました。なので、隣にいる石原夏織さんも LIVE という空間を全力でたのしんでいる、その当たり前の事実を知ることができただけでとても嬉しく思いました。ボクはバカで不器用なので、不要な思考が働いて邪推をしてしまったりするかもしれないし、言葉で直接伝えてもらわないと相手の心情を読み取るなんてことはできないのです。

LIVE MC で涙が溢れる一幕など顕著ですが、「弱みを見せる」という行為にやはりオタクは弱い気がします。しかし、弱さばかりを見せている脆弱なアーティストが正解なのでしょうか。それとも、弱さを一切見せない孤高のアーティストが正解なのでしょうか。そもそも「弱さ」とはなんでしょうか。どこまで見せることが適切なのでしょうか。

──今でも自分の中に意識的に「人に弱みを見せたくない」と強くあろうとする部分はあります?

そうですね……根本的にはずっとあると思うんですけど、「Honey♥Come!!」の頃と比べると最近はかなり自己開示をできるようになってきたかな。
...
──「白く咲く花」は小倉さんの本質的なところや今のモードに重なる楽曲だとは思いますが、一般的なイメージで言うと小倉さんはそれこそ「Honey♥Come!!」や「Baby Sweet Berry Love」のようなキュートでポップな楽曲の印象が強いと思います。学生生活が終わる大事なこのタイミングでシングルの表題曲にこういった大人っぽいナンバーを持ってくること、その挑戦に対する怖さはなかったですか?

さっきの自己開示の話につながることかもしれないんですけど、ここ数年で自分が思い描いてた「こうじゃなきゃいけない」というイメージがだいぶほぐれてきたことによって、最近はだんだんファンの方に対しても「こういう面も見せていいんだ」と思うようになって。素の自分に近いものを見せることが、前よりもだんだん怖くなくなってきたんですよね

小倉唯「白く咲く花」インタビュー|変わらない信念を抱き、新たな世界へ (1/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー

この問い掛けに対しての「ひとつの正解」というものを、小倉唯さんという女性声優さんは明確に捉えることができているように見えます。思うに、この「こういう面を見せていいんだ」という気持ちの表明は、ファンとの信頼関係に裏付けられた行為ではないでしょうか。田村ゆかりさんという大御所の女性声優さん、皆さんご存知、ゆかり王国の姫であらせられる御方でありますが、彼女の LIVE MC を聞いたときの衝撃というものを今でも覚えています。

オタクが自分の「弱さ」を吐露する場合も同様です。見ず知らずの人間相手に自分の弱点をさらけ出す行為は、低い自尊心に引き起こされた自傷行為に他なりません。そうではなく、応援し続けてくれるファンの存在に信頼を寄せていて、この人たちならば自己を開示しても受けて入れてもらえる、といった安堵感、期待のようなもの、そして受け入れる側も相応の準備が整っている、言い方は悪いですがこのような「共犯関係」というものをじっくりと育んできたからこそ「弱さ」であったり、「どーでもいい話し」であったりが尊いものになり得るのではないか、そのように思います。小倉唯さんが自宅の冷蔵庫でスライムを冷やしていたらママから「気味が悪いからやめて」と叱られて「もう22歳なんだからすきにさせて!」とブチギレたエピソード*3とかすごく良かったです。

最近読んでストンと腑に落ちたのが、ブライアン・イーノ表象文化論です。

さっき言ったように、科学は宇宙がどうなってるかといった物事の仕組みを説明することができます。生活を便利にしてくれるテクノロジーとは、そういうものです。しかし、物事や人の価値観に触れることはありません。人が何を感じて、どう考えるか、それはアートが教えてくれます。一人ひとり違う私たちが、同調してコンセンサスに共感する、そのポイントを作るのがアートです。 アートは複雑なメッセージの塊なんです。触れることで良い時間を与えてもらったと思える、そんなものなんです。 子どもたちを見てください。ずっと遊んでいます。何をやってるか、分かりますか? 想像しているんです。自由に感じて、人の考えを理解しようとしています。

【Sonar 2016】「遊びとは何か?」ブライアン・イーノ、文化の社会的な役割について語る | FUZE

少し拡大して解釈しすぎかもですが、一人ひとり生活も考え方も違うファンの方々が一同に会し、一人の「アーティスト」の創出する空間に身を置いて、一人のしあわせを望んで同調し、コンセンサスに共感する。あの劇場という空間は、貴重な遊びの場であり、学びの場であり、ファンと演者の相互交流の場でもあるわけです。だからオタクは LIVE が好きなのではないでしょうか。


***


少し整理して話を本筋に戻しましょうか(これは書きながらボクの思考も整理しています。まだ続きます、オタクは語りたいことがたくさんある)。ファンに対しての信頼を寄せ自己の開示を続けてくれる小倉唯さんの活動を、その名誉を毀損しているのではないか、といった負い目を感じていたボクは、オタクに話すと笑われてしまいそうですが、2ndアルバム「Cherry Passport」のリリースイベントの際に「ボクなんかが小倉唯さんに会うべきではない…」といった意味不明な自己否定感に苛まれてCDを買うだけ買って応募することができませんでした。仲の良いオタクにその心情を吐露したところ、「オタクは自意識過剰すぎ」とバッサリと切り捨てられてしまいました。そのとおりだな、とは思います。それ以降もゆいかおりの活動休止のショックで立ち直れず、2017年はゆいかおりについて考えるということから目を背けておりました。それでも「何か意識を改革したい」とか「小倉唯さんに釣り合う人間になりたい(?)」といった謎の向上心は持ち合わせており、そんな折に出会ったアニメが「エロマンガ先生」でした。突然「こいつ頭大丈夫か…」とツッコミたくなるような文字列が出現しましたが、大丈夫、ボクはとても真剣です。

anime.dmkt-sp.jp

エロマンガ先生」は伏見つかさ×かんざきひろ原作の2017年春アニメで、自分の部屋に引きこもってずっとイラストを書いているPN: エロマンガ先生こと「和泉紗霧」ちゃんがコミュニケーションのむずかしさに立ち向かう超絶かわいい最高アニメーションです。なぜ突然この作品を引用したかというと、それは和泉紗霧ちゃんに大切なことを教わったからに他なりません。

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エロマンガ先生「フリフリぱんつ~♪」 | 第3話 全裸の館と堕落の主(あるじ)より

上記キャプチャは隣の豪邸に引っ越してきた天才美少女ラノベ作家: 山田エルフ先生の作業場から、よもや誰かに見られているとは思ってもいない引きこもりの妹、和泉紗霧が創作活動に興じている姿を視認する、という重要なシーンです。

山田エルフ「妹、絵描いてるの?いつもあんななの?楽しそう。ああじゃなきゃね。素敵な絵ができるって事よ」

このシーンから受け取ったボクの素直な心情を書き表すとすれば、「和泉紗霧ちゃんになりたい」という表現が適切でしょう。オタクにとって自分の理想とする美少女を創作する、という活動は憧れであり、一度は夢見るものではないでしょうか。ボクも例外ではなく、高校、大学となんとなく筆を手にとってみる機会はあったものの、己の技量の無さ、既に一定の技量を獲得している知人との離れすぎた距離感に愕然とし、それ以来消費者としての地位を甘んじて受け入れていました。そのような、自分の理想と乖離したオタクはたくさんいるように思います。

でもやっぱり、かわいい女の子は創作したいんですよね。和泉紗霧ちゃんが鼻歌でリズムを取りながら、えっちなイラストを描き上げている姿を見て、心からたのしそうで良いな、と純粋に感じたのが自分の転換期となりました。人に話すと「そんなこと……」と鼻で笑われてしまいそうですが、それ程までに可愛く、たのしそうで、活き活きとした和泉紗霧ちゃんがそこにはいました。山田エルフ先生の「やる気MAXファイヤーのとき以外、死んでも小説なんか書くなよ!」「やる気ないときにおもしろく書いた文章より、やる気MAXファイヤーで書いた文章のほうが絶対におもしろいに決まってるでしょ!」ってセリフも大好きです。丁寧に仕上げてくださった A-1 Pictures のクリエイターの皆さまには感謝の念しかありません。

そんなこんなで自分の中の純粋な感情、「たのしいこと、好きなことをやる!」という内的動機付けに支えられ、創作活動に手を出してみたのが2017年の後半でした。イラストやテクストで何かを表現すること、自分の思想を作品に反映する作業を通して声優、アーティストなど創作者側の心情を理解できるのではないか、という淡い期待も含まれていたのかも知れません。前回の記事、オタクとして消費者として一流でありたい、という話も、この「好きだからやる」という内的動機付けに基づいた持論を展開しているつもりです。誰かに求められたからやる、とか、誰かの承認を得たいからやる、ではなくて、自分がやりたいことをやる。その結果として誰かからの承認を得られたとすれば、それは副次的な効能であり、自分の好きが人の好きに寄与できたものとして素直に受け入れれば良い。という考え方にシフトしていきました。「推しの幸せがワタシの幸せ」なんて呪いのような言葉もありますが、そうではなくって、「自分が幸せになって、ついでに推しも幸せにする」というのが究極に理想的なのではないかと思います。

自分の好きに正直に、アニメとしては「ひなこのーと」「異世界はスマートフォンとともに。」「三ツ星カラーズ」が自分のカンカクってもんにぶっ刺さりまして、その作品のいずれにも出演されている声優の高野麻里佳さんのことを気になり始めたのもこの時期のことでした。彼女も小倉唯さんと同様に、アイドル声優として、ファンに求められるものとアイデンティティの狭間でカッコよくお仕事をされている素敵な女性声優さんの一人であるため、また機会を改めてご紹介できればと思っている次第です。


***


そして、2018年3月です。小倉唯さんの 2nd LIVE TOUR「Platinum Airline 」の真っ只中であり、8枚目のシングル、初のノンタイアップ楽曲である『白く咲く花』の発売月でもあります。ボクがこんな長文ブログでお気持ちの整理をしたくなってしまったのも、すべてはこの『白く咲く花』の内包するバカでかいメッセージ性により誘発された感情に起因したものとなります。

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アニメなんかそうですが、一段階上のメタな視点からたのしもうとする行為は「本来的なたのしみ方ではない」とか「もっと肩の力抜けば?」などと言われてしまい、人に勧めるのも憚られる行為に感じられます。以前書いた異世界スマホ等の考察記事からもわかるかと思いますが、ボクはアニメを見るときに制作側の意図を読み取ろうとする、または制作側の意図に反した見方をしてやろうとひねくれた態度を取るのが大好きであるし、好きなアニメの制作陣による座談会がロフトプラスワンで開催されると聞けば大喜びで足を運び、その「裏側」を覗くということが堪らなく好きなオタクです。今期アニメでいえば、「三ツ星カラーズ」に於いて、原作とは異なる時系列で構成された物語の構造、加筆されたセリフ、季節感の導入等に演出意図を見出すオタク活動に従事しております。

その一方で、日常的に「好きだな~」と何度も繰り返し耳にしているはずの「楽曲」に関しては、そのような「メタ視点を導入したい」といった感情を抱くことは今まで殆どありませんでした。とにかく、音楽に関しては「メロディラインが自分の感性と合致するか否か」ということを最重要視して今まで生きてきました。

では、『白く咲く花』のバカでかいメッセージをつよく意識するようになったのは何故かといいますと、作詞家: 大森祥子さんの以下のツイートに衝撃を受けたということが上げられるでしょう。

アーティストが与えられた歌詞を咀嚼し、その意図を、情景を、音の強弱や声の震わせ方に反映する作業、というものは当然あるという認識でおりましたが、その逆に「アーティストの意向を歌詞に反映する」という意識はまったく持ち合わせていませんでした。アーティスト側は常に「受け取る側」であるという機能固着がボクの中には根付いたようです。例えば、欅坂46の少女たちにすげー詩を歌わせるな、でもその無垢で無知な少女たちが何も分からず重要なことを歌ってるのはエモい(?)よな、とかすごい失礼で適当なことを思って今まで生きてきました。

『白く咲く花』の歌詞を、一度じっくりと読んでから MV を視聴してみてください。Aメロの「希望と自立」を感じさせる詩、Bメロの「葛藤や不安定な心情」、語末の「…」から現れる自信のなさ、そして、このAとBの対比を身体表現、特に身体の側面を主体とした振り付け、しなやかな腕の上がり下がりが感情と連動しているようで、小倉唯さんが体現するその優美さは未知の表現でありながらも既に完成されている、そのように感じられ心が打ち震えました。なんといっても複雑な心情を抱えたままに突入するサビのメロディラインが好き過ぎます。「本音を曲げて 嘘をついて 得る正解って何だ?」という詞はオタクによく刺さる。エロマンガ先生の和泉紗霧ちゃんに触発されて「好きなことだけをやっていきたい」という気持ちを整理した直後の出来事であったことは、ボクの思想や夢を後押ししてくれているようでオタクの身勝手なカタルシスを引き起こすに十分でありました*4。「一途さを武器に」「汚れたって綺麗」という部分は小倉唯さんの仕事への変わらない姿勢、その誇りや誠実さを的確に捉えているように感じられ、応援してきたボクたちが得られる安堵感、未来への希望のようなものを意識せずにはいられません。

そして、このようなバカでかいメッセージ性を秘めた歌詞を背負うアーティスト側というのは、それ相応の負担があるように思われて、小倉唯さんが自らそれを背負う選択をしたという事実には大きな動揺がありました。言葉というものは、ときにその人の行動、成長を阻害する枷にもなり得る、扱うことが難しいものだという認識がボクの中にはありまして、例えば、ゆいかおりのふたりがそれぞれソロ活動の道を進むと決めた今になって、未だにゆいかおりの幻影を追い続ける亡者の声は、ふたりのアーティストイメージを、その可能性を縛り付ける枷になってしまうのではないか、など、そういったことを考えては迂闊な発言はできないな、と身を引きしめていた昨今ではありましたが、今のしなやかでいて芯の太い小倉唯さんや、目標を真っ直ぐ見据えてその道から逸れることなく突き進んでいる石原夏織さんの活動を見ていれば、そのような心配は杞憂であるし、むしろこのような歌詞はふたりの成長の糧にすらなり得ると思えるようになりました。これはあくまでも個人的な感覚なので、推しの寛大な心に甘えて無配慮に発言してしまうのもどうだろう……という心配は拭えないところではありますが。


***


ここで冒頭の問い掛けにやっと通ずるのですけれど、

小倉唯さんという女性声優さんについて、皆さんはどのようなイメージを抱いているでしょうか。

自己を開示する、という話にも関連するところですが、小倉唯さんの過去の LIVE の MC では、いつも応援して支えてくれるファン方々への感謝とともに、何度もお仕事を辞めようと思い悩んだこと、お仕事がつらくて学校の教室で泣き出してしまったこと、など、彼女の「弱い」一面というのも吐露しておりまして、ファンの方々というのは、そのような一面も承知しているところでありました。今にして思えば、そのように「自己を開示する」行為こそが、信頼関係を築いてきたファンの方々に「弱さを見せられる強さ」であり、彼女の中ではとっくに克服できている部分であったのかもしれません。

ボクが長らく抱いていた小倉唯さんの幼さ、その「儚く脆い小倉唯」という表象はもうどこにも存在していないことに『白く咲く花』を介して気付かされました。小倉唯さんの可愛さは健在であるし、その容姿の幼さというのはいくつになっても変わらないものでありますし、ぜったいに変わってほしくないものでもありますが、それだけが小倉唯さんの魅力ではない、ということを改めて認識することができた、そのような素晴らしいシングルであったように思います。もとより、今回のシングルは「ノンタイアップ」ということもあり、既存の作品の世界観やコンセプトに引きずられない「小倉唯」さんのアーティスト性のみをつよく指向した名盤であると言えるでしょう。

この楽曲は現代だからこそいいなって思える部分があるんですよね。皆さんの中でも、ぜひ自問自答していただきたいと言いますか……うん。なんか私はやっぱ、今の世の中というものは、まことしやかな情報が錯綜しているから、そういう部分に疑問を感じるタイプの人間なので……そういう部分で皆さんも受け流されている本来の感覚とか気持ちっていうのを再確認してもらえればいいな、なんて思ってますね

小倉唯yui*room 2018年3月19日 第38回 12:10付近より

もう、ボクの思想というか信念というものと小倉唯さんが同調しすぎている(?)ので、小倉唯さんのことが好き過ぎて困っているのですけれど、ボクにトドメを刺したのはこの間の LIVE MC です。

唯「しあわせな毎日を過ごしていきたいですよね。
 これから歌う曲にはそんな思いが込められています。
 大学で教わったことがあるんですけど、心理学者アドラーの幸福の3条件というのがあって、

 1つめは、自分のことを受け容れられること
 2つめは、他者を信頼できて受け容れられること
 3つめは、自分が何か社会の役に立っているということ

 これらが満たされると人はしあわせを感じるそうです。
 社会的地位や環境関係なく、しあわせは作れるんです!
 みなさんはどうでしょうか。
 自分を受け容れることは難しいことかと思いますが、今は心が解放されている状態ですね?
 “好き”に向かって真っ直ぐ。
 1つめの条件を満たしてますね(^_^)

 そして、他者を信頼できて受け容れられる。
 私がいるよ♡」

1523 小倉 唯 LIVE TOUR「Platinum Airline☆」supported by JOYSOUND 東京公演に行ってきました!! より
※ 許可をいただき文章の一部を引用させていただきました。いつも素敵なレポートをありがとうございます!

自分が感じたこと、やってきたオタク活動を文章に起こしてみると、自分の「好き」を再認識できてとても気持ちの良いものです。ボクがなぜ "小倉唯" さんを好きなのか、それが明確になることはめーっちゃめちゃめちゃ気持ちが良い。そんなわけなので、皆さんも自分の「好き」を明確にしていきましょう。

*1:本当に小倉唯さんの年齢について意識を向けてこなかった、あるいは本来の年齢を知った上での儀礼的な反応、どちらもある

*2:読み返してあまりにもバカバカしかった記事は消しました。スッキリした

*3:【無料】Aこえ-My Girl meets Aこえ-My Girl meets Aこえ with 小倉唯 2018年3月17日放送 #6 - Abemaビデオ | AbemaTV(アベマTV)

*4:オタクは女性声優さんやその人の関わるコンテンツと自分の思想を重ねて勝手に気持ちよくなったらいい

オタクとして消費者として一流でありたい、という話

先日以下の記事を読みまして、感激してオタク泣きをしてしまいました。

note.mu

Qiita等に多く見られるような「お前~」から始まる記事タイトルフォーマットにはほとほと呆れ果てており、当該記事がTwitterのTLに流れてきたときも、忌避感や嫌悪といった感情が真っ先に浮かんできたというのが正直なところでした。なので、普段通りであれば軽率なアクセスは浪費するだけと控えるし、これは読まなくてもボクに損のないものである、とヒューリスティックな判定をしてしまいがちです。しかし、「オタク + 長文」という魅力的なワード、そして、この情報はボクが信頼を置いているフォロワーさんからの「いいね!」によって伝播されたものである、という二つの事象が引っ掛かり、「大した内容じゃないことを確認するだけ」という軽い気持ちでアクセスしてしまいました。ブコメにも書いたけど、ホントこれ。それな。全文同意。ボクもなんか書きたい!!!!となりまして、この記事が執筆されているわけですね。

例によって長いので、先に目次を置いておきます。

  • オタク語りの事例紹介
  • 書けるところから書く
  • 書いた文章をオタクに公開しろ
  • 書けなくてもできること
  • 終わりに

構成上こうなってしまったのですが、「書けなくてもできること」がオタクとして、消費者として最重要かと思っています。好きなものを語る、布教するといった行為は想像以上に体力のいる活動です。しかし、体力を使わなくても消費者としてできることはあり、この章ではそれを主張しています。

また、「俺の好きなものは自分や仲間内で好き合えればそれで十分」という意見も尊重いたします。ここから先に記されている内容は、「自分もオタク語りしてみたい」とか「好きなコンテンツを盛り上げたい」という気概のある方々に向けて自分の意見をまとめたものになりますので留意いただければと思います。書いてあることをぜったい実行しろ、こうあるべきだ、といった理想を押し付ける性質のものではありませんので良しなに。

オタク語りの事例紹介

オタクをしていると熱量のある文章と衝突してオタク泣きをしてしまうことが稀に良くあります。ボクは小倉唯さんのオタクなので、小倉唯さんのオタクが執筆した記事がTLに流入してくる機会が多く、以下の記事はその中でもオススメのものです。

pnkmgnd.hatenablog.com

ボクの観測範囲では「小倉唯さんのアンチから小倉唯さんのファンに転生した」というオタクを数人知っておりまして、そういった方々の視点を得るという行為はとても興味深く、そしてこちら側になってくれたことを歓迎するとともにとても嬉しく思っています。人間の価値観が歪む瞬間というのは確実に熱量がこもっていて、感情の機微、その移り変わりを文章に書き起こす作業というのはとても神経をすり減らし自分と向き合う貴重な体験かと思います。また、異性の方が書かれた文章ということもあり、自分では感じ得ない事象の追体験はとても貴重なことでした。最近投稿された「世界一可愛い子に生まれたかった」(田村ゆかりさんのLIVEに初めて行った話)もオタク語り全快でオススメです。

yatteiki.fm

後編なのでセキュリティや技術の話はなく、オタクによる早口なオタク語りだけです。ご安心ください。ntddk さんというインターネットユーザ(広義の故人)がおりまして、ボクはその方の「オタク観」というものに非常に感銘を受けています。その中でも引用させていただいた「yatteiki.fm」で話されているオタクトークは本当に良くって、何回でも聴きたくあらゆる方に聴いてほしい内容に仕上がっています。表現媒体が文字と音声で違いますが、オタクの秘めている熱量という意味では共通しており、表現の方法が違うだけでオタク語りは健在です。このラジオの中で語られている内容の何が良いかというと、「オタクは姿勢を正すべき」という主張にあります。ここでいう姿勢を正す、というのは、今のティーンエイジャーが感受しているであろうコンテンツとの向き合い方、咬み砕いて言うと、ソードアートオンラインを見て「うぉおおおおおおおおお!!!!!キリト君かっけぇえええええ!!!!俺もキリトくんになりてぇ~~~~!!!!!!」といった純朴な感情を掘り下げること、年を取って成熟した認知フィルター、人間の認知バイアスによりコンテンツへの認識・理解を歪めてしまうことへの危機感にあります。知覚した情報を処理するこの認知フィルターを今更強制することは難しいわけでありますが、ふと気づいた純朴な感情、理由の付けられないエモーショナルな感覚を大切にしていきたい、ということを考えさせられるオタク語りでした。

hetyo525.hateblo.jp

最後は私事なのですが、自分の好きな異世界スマホをたくさんの方に知っていただけてとても嬉しい体験でした。ボクは積極的に自分から他者に絡んでいく性格ではないので、記事を見て好意にしてくださるというのは非常にありがたい限りです。冬のコミックマーケットC93では「異世界スマホの記事を読んできました」と挨拶をしてくださった方が複数人いましたし、去年の徳島マチアソビに単身でいったときには「あの人が異世界スマホ13000文字の人だよ」と紹介され爆笑したり、ボクが取れなかった抽選のイベント参加権を「また面白い記事を書いてくださいね」と向こうからの提案で譲ってくださった、ということがあって、邪な感情ながら執筆して良かったなぁ、と感慨深いできごとでありました。細かいできごとはともかく、インターネットがマイノリティと思われていた自分の好きなコンテンツで賑わっているのは純粋に嬉しいものです。

オタクのオタク語りは「好き」という気持ちが真っすぐで、読んでいて、聴いていてとても気持ちの良いものです。こういったオタク語りとオタク個人のパーソナリティを切り離すことはできません。オタク個人の感性を切り離し、純粋にコンテンツだけを抽出したもの、それは単なる「論評」です。オタク語りがオタク語りたり得るためには、そのオタク個人の思想や特殊な体験があってこそと考えます。なので、オタクは恥ずかしがらず自分の感情を全部出せ。むずかしそうな知識を総動員した論評は、専門家に任せてボクたちはオタク語りをやればいい。

書けるところから書く

文章の構成、とりわけ多くの方に読んでいただきたい!と願うものであれば、文章の冒頭、導入部については細心の注意を払い、無際限に時間を費やしても正解がわからず頭痛の種となるところです。何故ならば、初めの数行で記事に興味を抱いてもらえなければそれ以降にどれだけ自分の伝えたい内容が記述されていたとしても読んで貰えることはないからです。オタクは忙しいことが知られており、アニメは無残にも一話切りをされてしまいます。とにかくオタクはそのような生き物なのです。

しかしながら、そこを練るのは後回しで良いと思っています。というか、この投稿自体ここから書き始めています。当然いつかは完成させなければいけない箇所がたくさん残っていますが、それらは頑張ればなんとかなります。いや、なんともならないかもしれない……。ですが、ここはもう、頑張れ、としか言えないところなのです。ボクもストロング缶を開けて泣きながら頑張っています。「これらのパラグラムは仲良く連関し合うのか???」といった疑念が晴れないままに、とにかく書けるところを今自分が持っている熱量のままキーボードに打ち込んでいくしかないです。あとは祈ったり、未来の自分を信じたり、過去の自分を呪ったり、そんな感じです。書き上げてはみたものの、これが相手に伝わる文章になっているのか、自分の主張したいことが不明瞭で、不親切で、これはもう自分でもわかんねーよアホか、と匙を投げる。そんな文章はいくつもあります。今この場で偉そうにご高説を垂れているこのブログの更新頻度がクソ低いことを鑑みれば、ボクなんかも文章を書くことに思い悩んでいるということが幾ばくかは伝わるのではないかと思います。好きなものを好きと語るのは想像以上に体力がいることです。

じゃあなんで書くのか、頑張ることで何があるのか、という話ですが、これは自己満足・自己肯定に他なりません。ボクの場合は、ですが。ボクはボクでしかないので、他の人の執筆モチベーションのことはわかりません。万が一記事がバズって自分の好きなコンテンツについて触れてくれる人、語ってくれる人、ボクの意見に同調してくれる人が増えてくれればオタクとしてこれ以上気持ちの良いことはありません。ボクの好きなものをみんなが好きである、それが自分の最良としている世界です。もちろん、多様性という概念は知っているし、そもそもボクの論理が破綻していて反論や批判を受けるということは尤もなことかと存じます。しかしながら、価値観は流動的であり、答えのあるものでも停滞しているものでもないため、ボクの理想の世界というのもまた流動的であり、反論や批判や別の視点を取り入れてアップデートしていくべきものであるわけです。女性声優オタクとしてのスタンスの変移は、女性声優オタク駆け出しの2010年の自分が見たら別人と呼べるものにアップデートされているのではないかと思います。歳月が流るるとはそういうものです。

繰り返しになりますが、文章を冒頭から順繰りと書くのはとてもむずかしいです。なので、熱量のままに書けるところからキーボードに打ち込むのがいいです。蓄えられた熱量を放出するのは気持ちがいい。自分の熱量が見える形に整っていくのは最高に気持ちがいいんです。「鉄は熱いうちに打て」の精神です。自分のオタク熱量が時間とともに霧散してしまい後で追えなくなってしまうのはあまりにも悲しすぎて耐えられません。文章の刃を研ぐ行為も後でやればいい。これは、ひと様の視線を意識した文章の構成や言葉尻の調整などのことです。多少不格好であっても、あとで研磨すれば大抵は読める文章になります。イベントの感想であれば、どこどこがすごかったとか、素晴らしかったとか、えっちだった、とか、理由はわからないけどオタクとして身体が反応したエモーショナルな部分を全部書き起こしておいて、ディテールの部分は時間をかけて研いでいけばいいんです。まずは、熱量を保持し続け、不格好でも形に残しておくことです。熱量だけは、失ってしまうと取り返しがつかないものなので。

書いた文章をオタクに公開しろ

せっかく刃を研ぎ澄ましても、鞘にしまい込んで覆い隠してしまうのはもったいないことです。そして、自分の文章が他者の価値観を歪めた、という事実はとても気持ちの良いものです。オタクがオタク語りを公開する意義はここにあると思われます。これは、中高時代に友人にえっちなマンガやアニメを提供して「こちら側」の世界に引き込んでしまったときの体験に似ています。さらに、コンテンツ側の視点で考えてみたとき、新規の消費者が増えることは少なからず市場に良い影響を及ぼしているはずです。インターネットで言及する人間が増えるだけでそれ即ちコンテンツへのリーチ数に多少なりとも影響しているはずです。オタクとして、消費者としての幸福は、自分の好きなものを語り、そのことでコンテンツが盛り上がる、自分はこれに尽きると勝手に思っています。もちろん、フォロワー数が少ない、発信力のある知り合いがいない、などで埋もれてしまうこともあるかと思います。内容に熱量がこもっていても、人目に付かなければ徒労に終わってしまう……そういった恐怖が付き纏うものと思います。この記事なんかもそうです。なんか書こうと思ったんですけど、こればかりは祈るしかありません。ボクは内容で勝負したい、という気持ちがつよいのでタイトルは敢えて捻らないことが多いので参考にしないでください。ただ、あり触れたタイトルなのに内容がオタク語りというギャップは面白いのではないか、と勝手に想像しています。それでもあれなら @hetyo525 に記事のURLをメンションで飛ばしてください。読みます。

そしてこれもとても大切なことなのですが、誰かのオタク語りを読んで、少しでも「いいな」と共感したのであれば、簡単でも良いので感想を伝えてあげてください。はてなのようなサービスであれば、スターを付けるだけでも「読まれているぞ」という実感を得られますし、何事も成果が得られないというのはつらく、今後の活動を疎外してしまうものです。なので、読者がいることを、何らかの方法でオタク語りしている人に伝えてあげてください。軽視されがちですがこれは本当に重要で、同人作家なんかのモチベーションもこれによるところが大きいです。あなたの感想ひとつでそのジャンルの本が次回も頒布されるかもしれません。モチベーションに寄与するものも、また熱量のこもった感想であるわけです。勿論、強制するわけではなくて、面倒だな……恥ずかしいな……誰か他の人がやっているし……と躊躇していた人は是非やっていきましょう、という話になります。この考え方は、次の章でも同様のことが言えるかと思います。

書けなくてもできること

オタクとして「コンテンツを盛り上げたい!」という気持ちがあれば、誰でも簡単にできることがあります。

ボクとしては「好きなものを知ってほしい」という気持ちと「好きな女性声優さんを応援したい」という気持ちに従って素直に行動すればRTする以外の選択肢はないんですけど、コンテンツによってはどうにもRT数が伸び悩む、演者さんによって極端に偏っているというケースが散見されます。自分がやってないのでやれと言いづらいのが喜びのリプライでというやつで、こうやって不特定多数に曖昧な文章を投げつけることに抵抗はないものの、声優へのファンレターであったり、ラジオへの投稿であったり、企画してフラスターを出したり、ブログへのコメントであったり、ボクは直接的な応援というのが極端に苦手という特性があります。相手に読まれている、ということをあまり意識したくない。まぁ、オタク各々できることをやっていくのが良いかと思います。メール職人はそれだけでコンテンツに寄与していて素晴らしいし、要はアプローチの違いなんですよね。得意なこと、できることを無理のない範囲でそれぞれやっていくのが良いと思います。

オタク語りとは毛色が違うのですが、オタクに140文字でコンテンツを布教するときの事例を挙げてみます。

「ルッキングオーダー」は本当に最高です。ボクは音楽理論とかそういうのはさっぱりわかりません。でも、好きな曲調なのでどうにかオタクに知らしめたい、と考えたときにリリースイベントで小倉唯さんが話されていた内容と、楽曲の宣伝を盛り込んで捻り出されたのが上記のツイートです。本当は圧縮ではなくサンプリング時の話、らしいんですが、主張したいところは小倉唯さんの声が削り取られていて損失ですよこれは、というところなので細かく言及はしません。ただ、我々声優オタクは女性声優さんがそう仰られるのであればオカルトでもなんでもハイレゾで聴くべきである、という信念のもとに活動しているので、工学的な知識というのは実際些細な問題だったりするのです。

まきちゃんさんの記事にもあるとおり、主語がデカい発言は嫌がられることはあれど、好きなものを推すときはその限りではないと思います。ネットスラングでは「太宰メソッド」などと呼ばれ、詭弁であると言われているレトリックですが、無意識ではなく意図的に、誰が読んでも詭弁であるとわかる文章に於いては取り立てて非難すべき性質は備えていないと思われます。「小倉唯さんの重要な情報が削ぎ落されている!これは人類の大いなる損失だ!」と書いて、「人類がヤバイ!!!!」と危機感を抱く人間は小倉唯さんのオタク界隈以外に存在していないからです。これは、わざとズレた発言をすることで意識を向けさせる手法であり、論理学的に正しいことを主張したいなどという意図は毛頭ないのです。インターネットに垂れ流される情報は多く、人目を向けてもらうための誇張表現、低俗なミームで装飾された呆れ果てる程の焼き回し記事が蔓延っているのもまた事実です。オタクがだるいと思わず、興味・関心を向けてもらえるような表現というのはむずかしいもので、自分もこうして文章を書きながら模索している最中です。

www.youtube.com

終わりに

ボクの考える一流のオタク、消費者とは、自分で好きなコンテンツをたのしみながらもコンテンツに寄与できる、どちらにとってもメリットしかないそんな素敵な関係性を築けるオタクのことです。一流、とバカでかい形容詞を付けましたがそんな難しいことではなく、オタクをやるなら好きを全力で周りに布教してコンテンツも盛り上げろ、とただそれだけの話です。また、自分がコンテンツを支えている、という気持ちは自己肯定に繫がります。地下アイドルを支えているドルオタみたいな気持ちになります、とか書くと怒られそうですが、とりわけ日の目を浴びていないコンテンツであれば一入ということです。あまり声を大にして自己肯定感に浸っていると界隈の内外から叩かれたりするわけですが、こうしてチラ裏でオタク語りをする分にはもう少しオタクのナルシズムに寛容になっても良いのではないかと思う次第です。少なくとも、ボクはあり触れた感想文よりもオタクの熱量のある拗らせた文章が読みたいです。なので、ボクのために拗らせた文章を書いてください。

よろしくお願いします。

www.e-onkyo.com

ルッキングオーダー -diva. Kurush-(cv.小倉唯)

ルッキングオーダー -diva. Kurush-(cv.小倉唯)

小倉唯さんのニューシングルもよろしくお願いします。

……オタクは今すぐランス10やらんかい!!!!!!!!!!!!!!!

創作活動が愉しい2018

C93 お疲れ様でした。
初参加で強気に70部刷ったところ、そのすべてが完売してしまいました。
ブースに足を運んでくださった知り合いの方、知らない方、初めましての方、心から感謝申し上げます。

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特に、その場で足を止めてパラパラめくった後に購入してくださった人がそこそこいたこと、これがいちばん嬉しいできごとでした。 自分の本が声優島の中で異彩を放っていたであろう実感はありましたが「内容を確認して購入まで踏み切ってくれる人はいないのでは?」 という懸念が当日まで晴れなくて、それが取っ払われた瞬間というのはもう筆舌に尽くしがたい快感がありました。感謝感謝です。

ブースにきてくださった皆さまと声優トーク異世界スマホトークをする時間も愉しくて、暇をどう潰そう?と持参していた積ん読本を読む時間すらないくらいたくさんの人が足を運んでくれて、思い切ってコミケに参加して本当に良かったという気持ちでいっぱいです。「異世界スマホの記事から来ました」とか「異世界スマホの記事をきっかけに文章を書き始めました」という人がいたのも面白かったです。どうぞ、そのまま声優沼に落ちてってください。

あと、本の感想をいただけるは相当に嬉しいです。今回の本は計画とリスク管理がズタボロだったこともあり、収まらない労働と2徹でぶっ壊れた脳みそをなんとか駆動させておまけ本のポエムを脱稿したのが当日の朝5時。そこから破損した.pdfで印刷失敗して家にダッシュで戻ったり、セブンの店員さんに紙詰まり対応などしてもらいながらなんとか刷り上げて無事サークル入場までもっていけました。おかげで内容は読むに耐えないぐちゃぐちゃな文法や語調(いつものこと)で煮詰めの足りない小学生みたいな感想文だと自虐的になっていたものの、伝えたかった部分はちゃんと伝わったことがオタクの感想から得られたのでそれで十分に満足しました。こういった作者の不安、価値観への不信・疑念を晴らす行為は外部からもたらしてもらうしかないものですんで、直接であれ間接的であれ、感想をいただけるのは心底救われます。間接的というのは「エゴサーチ」前提の話で、同人作家は全員エゴサしてる(持論)ので、直接感想を伝えるのが苦手なボクなんかはエゴサ前提でサークル名と作者名を添えて本の感想をTwitterに放流したりしてます。ちゃんとfavられてるので、まあそういう感じだと思います。

ブログや創作、声豚ポエムはなんでやってんの?というと、読んだ人間の価値観を捻じ曲げたいな、というのがいちばんにあります。昔からオタクじゃない人をエロゲ沼に沈めたり、女性声優を摂取させて沼に沈めたり、そういった「ボクの好きなものをお前も好きになれ」という活動が大好きで、その手法を模索していたらなんかいまの活動をするようになってしまいました。それで愉しんでくれてる人がいることもわかってきたので、今年もやっていけたらいいなーと思います。ボクに刺激されてブログや創作をはじめた友人が数人いるのもかなり嬉しい案件です。

これから

自分の絵が上達していく体験を得るのはかなり面白いです。
描けないものは多いんですが、それはまだ手法を知らない、技術が追いついてないというだけの話なので、 その解決方法が調べればみつかってしまう現段階に於いて、創作の障害になる技術的・精神的壁はないといって良いでしょう。これが多分壁にぶつかるとすれば「表現」の仕方や魅せ方、つまり漫画で言えばプロットを用意するとかイラストで言えば構図を考えるといった部分でしょうか。いまのところ、それすらも愉しみなことの一部として捉えられているので早く技術を上達させてそれらにも手を伸ばしていければという感じですね。液タブを手に入れたので、夏はデジタル入稿。できれば塗りも憶えてカラーページがあればいいなぁと思います(こうやって自分を追い詰めておかないとすぐサボる)

最後に夏の参加ジャンルについてですが、今期アニメに「三ツ星カラーズ」という素晴らしいアニメ―ションがあって、ボクはこれにお熱だと思うのでこれの本が出るのではないかなという感じです。声優ジャンルじゃないと知り合いやインターネットの人が買いに来てくれるか怪しい感じがあり、むしろ純粋な本の内容で勝負できるのではないか、という狙いもあります。冒頭にも書きましたが、パラパラめくってくれる人が増えるととても嬉しいので。イラスト、漫画、考察、感想、声優イベント……。ネタは結構ありそうで、あとは根気が続くかどうかで質が決まります。がんばります。応援よろしくおねがいします。

C93土曜(2日目)F48a「これになりたい」です。

本がなんとか出そうなのでブログでも告知しておきます。

お品書き

  • 小倉唯さん、高野麻里佳さんの演じられたキャラのイラストと文字の本(100円)
  • 声豚ポエム(おまけ本)

f:id:hetyo525:20171225044812p:plain ページ数は期待しないでください。。。

f:id:hetyo525:20171225044827p:plain 今から書きます。

言い訳など

12月は毎週末、女性声優のイベントが予定されており、これは何事にも先立って優先される事項であるため、創作活動に時間を割くことが叶いませんでした(知ってた)
また、絵を描いていると以前の絵が低レベルなものに思えてくる、というのを繰り返すことになり、それなりの枚数をそれなりにボツにしています。
これはもう、ボクの自尊心の話しになるので、ペラペラなのは許してください、夏はもっと素敵なものを出しますので比較いただければ幸いに存じます。

さて、内容について少し補足を。

今年一年は、過去と比較しても声優オタクとしてとても充実した一年でした。お品書きからも察することができるかと思いますが、このブログの主題、声優: 小倉唯さんの他に「高野麻里佳」さんという女性声優さんについて、本書では(特におまけ本で)多々触れさせていただく予定でおります。Twitterなどでは、よく「小倉唯さんのことはもういいのですか?」などと「お前は善の心を失い発現した悪魔か???」と思うような心なきリプライを受けることがあるのですが、誤解なきように、というとそれもちょっと違くて、ゆいかおりの解散騒動で複雑な心理状態に陥っていたので……というのを引き合いに出すのはズルいよな、と思ったり……まぁぶっちゃけ何も考えてないんですが。つらいことを考えるのは脳に良くないことが知られており……などと、言い開きはいくらでもできるわけですが、このあたりの話は気持ちがまとまってないので一切触れていません。そんなの書いても無益だろうし。

では有益とはなにか、という話ですが、とにかく、ボクのオタクとしての姿勢は「良いものは良い」ということを主張したくて、そりゃあ小倉唯さんに「ゆいだけに専念してください!」ってお願いされちゃったら、それはそう、なのですが、他のオタクの視線とかを気にして「愉しいこと」や「女性声優のシンデレラストーリー」を見逃してしまうことはとても哀れに思うわけです。というわけで、高野麻里佳さんの話しを声豚ポエムの方、つまり文章で、応援しだしたきっかけ、そして、半年を経過した今の声優オタクとしての心境などを言語化して残せたらいいな、と思っています。ブログに書くにはゆいゆいの表題に反する、ということで同人誌という形で残しておこう、というわけですが、ここ一年、このブログには気が向いたときにアニメの乱文を投げ捨てていただけでしたね。

並ばず買える弱小サークルのなので、現地にいるよーって人は、ちょっと立ち寄ってみてくだされば嬉しく思います。それでは文章を書きます。。。

異世界はスマートフォンとともに。が最高

今期は 異世界スマホ が超絶おもしろかった。 f:id:hetyo525:20171002022005j:plain

 一部では「虚無のアニメ」「懲役24分」などと揶揄されている本作品であるが、毎クールのように量産される残念系アニメ群から目を逸らすことなく、健常な情動知能をじっくりと育んできたアニメ視聴者の諸君に対しては、これがいわゆる「愛情表現の裏返し」であることをわざわざ取り立てて説明をする必要はないだろう。ニコニコ動画には常時「は?」や「きっつ」などの威圧的なコメントが流れていたり、Twitterの訓練された実況民でさえもみな前頭葉を内部から損傷し、論理的な思考を奪われて情けなく疑問符を並べ続けることしかできていなかった、そんな怒涛の三か月であった。トピックとしては、第11話「ぱんつ、そして空中庭園。」が火付け役となり、空前絶後の異世界スマホブームがインターネットに到来したことが挙げられるだろう。今まで誰も話題にしてこなかった異世界スマホに向けられた好意的、あるいは敵対的な情報が大量に流入し、タイムラインが異世界スマホ色に染まりだしたので、嬉しさのあまり純情がエモーショナルしてしまったことも本稿のモチベーションに一役買っている。今日はそんな素敵なアニメーションの魅力について考えてみたい。

感情移入する対象が不在である

 異世界スマホはハッキリ言って異質な作品だ。話題の11話でもその瘴気は健在である。そもそも最終話ひとつ前でなぜあの内容に仕上がるのか。最初から視聴していたボクでさえ当惑していたのだから、11話だけ摘まみ食いした哀れな視聴者は狐につままれた思いであることが容易に想像できる。11話の異常性は「11話なのに異常な展開である」ことへの不信感が個人的にはつよい。なぜ新キャラが出てきてディープキスをおっ始めるのか。この作品に込められたメッセージとはなにか。そして我々はどこへ向かうのか……。など、正直なところ、アニメ全編を通して自分でも何が面白くて繰り返し見ているのかさっぱりわからない。「異世界転生チート + ハーレム」という形式は、もはや古典芸能と言ってよいくらい枯れたフィールドであり、そこに新規性はない。しかしながら、ただ一つ、最終話まで視聴していて明らかに異質だと感じたことがある。それが 「誰に感情移入すれば良いのか全くわからない」 という点である。血の通った人間がまるで見つからないのだ。

 先ずは、わかりやすい対象として主人公、男性キャラである望月冬夜さんについて考えてみよう。

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 神様の手違いで死んでしまった僕は、手違いなので生き返らせてもらえることにはなったものの、天界のルールによって元居た世界に生き返ることは叶わない。哀れに思った神様は「せめてもの罪滅ぼしに」と 基礎能力、身体能力、その他諸々底上げ、魔法スキル(全6属性 + 無属性)の獲得、ついでにスマートフォンを異世界でも使えるようにチューンアップ してくれる。当事者の冬夜はというと「はぁ、分かりました」「はい、有難いです」「それでお願いします」と達観したというよりは、おおよそ人間らしさの感じられない淡白な反応を示し、異世界へ転生する準備を淡々と進めてしまう──と、ここまでが第一話の冒頭、アバンの内容である*1

 さて、異世界に到着した冬夜さんであるが、ここで物語の根幹を担ってくるのが行動の指針、いわゆる「動機」であろう。日常系作品など例外はあれど、異世界スマホのような冒険活劇は、視聴者が主人公に寄り添っていっしょに世界を渡り歩いてゆくわけであり、主人公は行動の動機を示す義務がある。いや、義務ではないんだけど、それが視聴者への最低限の「配慮」と言いますか、主人公への共感性を高めてもらい、スマートに、そして気持ちよく感情を移入してもらうための導入装置を整備することは、創作活動の重要な課題である。俗に「一話切り」と呼称される現象の正体は、この 主人公の動機が十分に読み取れていなかった 、または 主人公の動機に反感を抱いた(つまり思想が合わなかった) という心理状態のことではないだろうか。例えば、何かと話題になっている「けものフレンズ」などはその好例であり、1話の「狩りごっこ」の描写からかばんちゃん物語の本質を見抜き、「人間とは……」という純朴な感情を抱くエモーショナル人間は少数であったと推測される。また、気が付いたら異世界転生させられていた主人公がその不条理な境遇に嘆きながらも葛藤し、何度も挫折と苦悩を繰り返しながら、それでもヒロインの笑顔を求めて困難を乗り越えてゆくプロットは、主人公の心的領域に踏み込みやすく、これは「Re:ゼロ」の話ということである。あぁ、こいつも苦労してるんだな、報われてほしいな……といった具合に仕上がっている。

 ところで我らが冬夜さんはといえば「ま、なんとかなるでしょ」の精神でやってゆく。スマホ太郎の称号に相応しい現代っ子である。「正義感がつよい」という性格特性は持ち合わせているが、無敵の能力を備えてしまっていることが仇となり「よーし、やるぞ~!」とピクニック気分で戦場に足を運んでは、物足りないくらいスマートに事件を解決してしまう。ラノベに換算するならば、1巻かけて敵/味方問わず様々な人間の関係や感情の機微を深めて掘り下げて事件を練り上げ解決の糸口を各所に散りばめるような内容を、長くても20~30ページで終わらせてしまう。つまるところ、異世界スマホの冒険に於いて進行を妨げる障害は存在していない。もし存在していたとしても、それは形式上のものである。冬夜さんが歩く道の先に落とし穴が発生したら、どこからかNPCが出現してスコップで穴を埋めてくれるし、川を渡る橋が壊れていたら、これもまた別のNPCが出現して修理してくれる。冬夜さんは「いやぁ、申し訳ないなぁ~」とか適当に謝辞を述べながら、舗装された道を真っすぐ歩いているだけでよい。とにかくそのような作りになっている。アバン開けで異世界に放り出された冬夜さんが「困ったな~」とか言ってると、馬車に乗った異常に目ざとい商人が通りかかり「その服はどこで手に入れたものですかな!?高値で買い取りますぞ!!!!」とかなんとか言ってとつぜん大金持ちになる。いきなり●億円もらったりもするので、これはこれでインターネットの人と親和性は高いのかもしれない。

魅力的なヒロインたちが救ってくれるかもしれない

 ここまで自分が異世界スマホにハマっている理由を模索してきたが、今のところ否定的なことしか書いていないことにふと気が付く。「望月冬夜はもうだめだ、こいつはボクのことを救ってくれないのかもしれない……」といった不信感が募ってきたので、ここで考察の対象をヒロインたちに移してみよう。前述している通り、冒険に障害が存在していない異世界スマホ物語性で語ることは愚の骨頂 であるわけであり、その魅力が物語性ではないならば、キャラクター性が魅力になっているのではないかと考えることはとても自然な戦略であるように思う。そして、作品を享受するとき、自己投影の可能性は何も男性キャラの主人公だけに与えられた特権ではない。キャラクターの担うジェンダー・ロールは流動的であり、自己投影の対象もまた、性別・ジェンダーを問わない。女性キャラが主人公の作品で女性だから共感できないということはないし、男性主人公に投影していた視聴者が、湖で水浴びをしている美少女と視線が交わってしまった瞬間に自己投影の対象を切り替えて、少女の中に湧き上がる羞恥の念を想像して愉しむこともまた可能なのである。

 しかしながら、男性主人公、望月冬夜の場合と同様に導入装置の準備は念入りに行わなければならない。ボクの大好きなヒロインを例に挙げると、例えば「ロクでなし魔術講師と禁忌教典アカシックレコード》」のシスティーナ=フィーベル嬢であれば、カノジョの行動の根源となっている「祖父が叶えられなかったメルガリウスの天空城の謎を解き明かす」という夢を背景に、主人公、非常勤講師のグレン=レーダスとの関係性を深めてゆく。初めはいがみ合っていた二人だが、学園爆破事件や親友の誘拐事件を背中の預けられる「パートナー」としていっしょに乗り越えてゆくうちに、システィーナはろくでなしだと思っていたグレンの表面的な性格の裏に、悲しい過去の出来事とともに押し込められてしまった優しい性格があることに気が付く。一方のグレンもまた温室育ちで成績優秀、気苦労や劣等感なんて無さそうなシスティーナの……、というようような、いわば双方向性のある十分な「関係の熟成期間」と、それを織りなす設定があると感情移入も捗るというものだろう。*2

 なお、原作でのヒロインは現在 9人 となっているようだが、アニメ版では冬夜さんのお嫁さん候補として最終話で立候補してきた4人、 リンゼ、エルゼ、八重、ユミナ のみに絞って考察する。スゥシィは純粋無垢なお子様枠であるし、リーンに至っては冬夜さんのことを「お気に入りの玩具」というような扱いしかしておらず、俗に言う「デレ期」がアニメではまだ到来していないからだ。また、カノジョたちの感情の機微を推し量る期間として、ユミナ「みんなで冬夜さんのお嫁さんになるのはどうか」 と初めて提案した6話までを対象とした。この先もイベントはあるが、この段階で好感度は十分量を獲得できていると思われるからである。*3

リンゼ

f:id:hetyo525:20171002022546p:plain:w300

主な出来事

  • [1話]路地裏で暴漢に襲われているところを助けてもらった
  • [1話]アイスクリームの作り方を教えてもらった
  • [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
  • [5話]古代魔法言語が読めるようになる翻訳メガネをプレゼントされた
  • [5話]新しい魔法獲得のための修行を手助けしてもらった
  • [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される

所感

新しい魔法の獲得で悩んでいるときに寄り添って指南してあげた成果は大きい。 ただし「バブルは泡、ボムは爆弾って意味だよ」で解決したシナリオに感動できる人間は少ないのではないか。

エルゼ

f:id:hetyo525:20171002022313p:plain:w300

主な出来事

  • [1話]路地裏で暴漢に襲われているところを助けてもらった
  • [1話]アイスクリームの作り方を教えてもらった
  • [3話]胸を刺され大量出血したが、回復魔法で治してもらった
  • [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
  • [5話]可愛いお洋服をプレゼントしてもらった
  • [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される

所感

冬夜さんは命の恩人ではある。服をプレゼントしてあげたら惚れてきた。 あまりにもちょろい。今まで異性との接点がなかったのではないか。

八重

f:id:hetyo525:20171002022611p:plain:w300

主な出来事

  • [2話]街中で暴漢に襲われていたところを助けてもらった
  • [2話]一文無しで腹を空かせているときにたらふく食べさせてもらった
  • [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
  • [5話]スマホの検索機能でお兄さんの居場所を探してもらった
  • [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される

所感

たくさんご飯を食べさせてあげたら惚れてきた。 5話で冬夜さんと兄さんが似ているから安心すると言ってた。

ユミナ

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主な出来事

  • [4話]毒を盛られたお父様(国王)を魔法で助けてもらった
  • [4話]毒を盛った真犯人を冬夜さんの抜群な推理力で特定してもらった
  • [4話]ギルドで目立つ、なぜならかわいいから、と褒められた
  • [6話]「4人とも同じくらい好きだし家族みたいに思ってる」と告白される

所感

 ユミナの場合は設定が特殊で、初登場から15分以内に冬夜さんとの結婚を決心する。

『こちらの望月冬夜様と結婚させていただきたく思います!冬夜様は周りの人を幸せにしてくれます。そのお人柄もとても好ましく、この人と共に人生を歩んでみたいと初めて思えたのです』

 というのも、ユミナ《人の性質を見抜く看破の魔眼》 という性質を備えており、もう 出会った瞬間から冬夜さんの本質を見抜きベタ惚れ状態 なのである。ユミナが冬夜さんに早い段階から惚れているという設定は、王道ラブコメには欠かせないはずの面倒な手続きをすべて省略し、他のヒロインたちを冬夜のハーレム入りへと焚きつけてくれる便利な少女として活用されている。さながら「ToLOVEるダークネス」のモモ・ベリア・デビルークである。王女だし。しかし、その献身的姿勢の反面、同時に冬夜への独占欲もしっかりと内在させていて、例えば第12話「決断、そしてスマートフォンとともに。」では

『私は冬夜さんがお妾さんを10人作ろうが20人作ろうが文句はありません!それも男の甲斐だと思ってます!ですが!でーすーが!正妻である私がまだしていないのにキスされるなんて!油断しすぎです!隙だらけです!そこは防御してくださいよー!』

といった「特別待遇」を要求してくることから、ようやく 「人間らしさ」「年相応の少女らしさ」 を感じ取ることができ、心から安堵することになる。他のヒロインたちにも少なからずそのような描写はあれど、惚れるまでの過程が存在していないので「何を言ってるんだこいつらは……」となってしまうであった。なにより、冬夜がとても優柔不断で何一つとして決断できないため、痺れを切らした視聴者は「なんやねんこいつは!」と癇癪を暴発させてしまい、やはり自己投影先が不在となってしまう。その文脈を踏まえると、異常だと話題に挙げられた11話はヒロインたちの感情の糸口が随所に散りばめられており、「これだよこれ、この展開を待ってたんだよ」というお気持ちになったのであるが、それはボクだけであろうか?

異世界スマホは本当に虚無の存在なのか

 ここまで見てきたとおり、異世界スマホ主人公が敷かれたレールの上を走り、停車駅で乗車してきたヒロインたちをユミナが寝台個室へと招き入れる構造のアニメ だということがわかった。同じくレールの上を走るアニメなら「RAIL WARS!」の方が幾ばくかマシであり、純粋なえっちさを求めるのであれば「ToLOVEるダークネス」を見るべきである、などと言われてしまうかもしれない。しかし、勿論そのような心配は杞憂であり、異世界スマホは実に「充実」した異世界スマホアニメーションなのである。

 そもそもスマートフォンとはなにか?異世界スマホに於けるスマートフォンとはどのような役割をもった記号であるか? f:id:hetyo525:20171002032249j:plain ロングセンスの魔法をエンチャントしたスマートフォンで着替えを覗かれるリンゼさん

 ちょっと待ってほしい、「ロングセンス」「エンチャント」とは何か?異世界スマホを語る上で欠かせないのがこの 「無属性魔法」 の存在である。無属性魔法の説明を以下に示す。

無属性魔法は無属性の者が、何らかの状況、環境にいるときに、頭に魔法名と効果が浮かび上がり、使えるようになる。無属性魔法はある意味、個人魔法と呼ばれ、同じ魔法を使える者は滅多に居ない。 冬夜は上記のようなことはないものの、魔法名と効果さえ知れば、どの無属性魔法も使う事ができ、現代では失われた禁術や古代魔法があり、「図書館」を発見後の冬夜達は使用が可能である。

異世界はスマートフォンとともに。 - Wikipedia

 「ロングセンス」は「感覚拡張(実際には感覚を1㎞圏内までなら自由に飛ばすことができる)」、「エンチャント」は「任意の対象への魔法付与」である。そして上の画像で行われていることを解説すると、 スマートフォンにロングセンスをエンチャントすることで、リンゼの部屋に飛ばした視覚情報をスマートフォンに投影している」 ということになるだろう。賢明な視聴者ならば、コメント欄に「は?」と打鍵したくなること必至である。異世界スマホはこの ウォーズマン理論 がいろいろな場面で活用されるところが面白い。

『100万パワー+100万パワーで200万パワー!!いつもの2倍のジャンプがくわわって200万×2の400万パワーっ!!そしていつもの3倍の回転をくわえれば400万×3の…バッファローマン、おまえをうわまわる1200万パワーだーっ!!』

http://d.hatena.ne.jp/keyword/���������ޥ�����

 個人的に好きなものを上げると 「「ロングセンス」 で1km先の情報を得て、「ゲート(一度行ったことのある場所への移動魔法)で」移動すればどこまででも移動可能!!!」 とか 「無機物に任意の動作を組み込むことができる無属性魔法「プログラム」により、半永久的に相手を転ばせる「スリップ(摩擦係数を0にする)」弾の開発」 など、もう好き勝手な足し算をやりたい放題である。しかも冬夜さんは神様に記憶力を底上げしてもらっているので、いくつでも無属性魔法を憶えれる。さらには、この世界に於ける無属性魔法は「どうせ知識があっても使えない」ものであるため、 無属性魔法大百科 のようなものが古本屋で安価で購入できるのだ。

 異世界スマホの設定の粗はこの程度では当然終わらない。無属性魔法「サーチ」は「頭に浮かべたものを探し出すことができる」という曖昧な設定(気になって確認したら原作に 「実はこの魔法、かなり大雑把な検索もできる」 と書いてあって笑い転げた)であるし、「物質を思い浮かべたものに造り変える造形術」である「モデリング」は、かなりイメージを細かく浮かべないと難しいらしく、最初は将棋盤の作成ですら難航していた(これは原作の記述なのでアニメだと楽々に見える)のに、その後は自転車やポンプを作ったり、ググって出てきた写真通りに銃なんかもちゃっちゃか作成してしまうのである。更にわかりやすい例で示すと、 「まるで将棋だな」 のセリフで一躍有名回へと昇格した第3話「将棋盤、そして地下遺跡。」に出てくる古代兵器の描写がある。

f:id:hetyo525:20171002040713j:plain 冬夜「そうか、王を取れば……!」

 古代兵器は「魔法力を吸収する」から直接的な魔法は通用しない。なので、間接的な魔法でやってゆきましょう。という会話が為されるのだが、最後に王を取った無属性魔法「アポーツ(このすばのスティールのようなもの)」は果たして間接的な魔法なのだろうか……?

話がスマートフォンから脱線してしまったので閑話休題

 これはボク自身の感想に過ぎないが スマートフォンは全く必要ではない …というのは物語上の話で、 絵面としてはこの上なく面白い だから必要である。自由に魔法の足し算ができる時点でもうスマートフォンは不要に違いないのであるが、どうにか活用させてあげたいという作者の優しさがシーンの節々から感じ取れるようで非常に好感が持てる。異世界スマホの設定の自由さと、スマートフォンをなんとか活躍させてあげたいという制約は、我々に革新的な創造性を与えてくれる。そして、考察するに値しない粗い設定を 敢えて 紐解こうとする行為、即ち、原コンテクストを読み替え、意図的に誤読し、解体することへの知的興奮という快楽が得られることこそが異世界スマホの魅力なのではないだろうか。

ちなみに「良く練られた設定の作品」とは以下のようなものである。

異世界スマホとどのように向き合うべきか

 唐突であるが、以下のツイートを見ていただきたい。

 「イセスマ」(公式略称)と「異世界スマホ」では感想が180°違うという旨のツイートである。 ボクはちょっと勘違いしていて、 「異世界スマホ」で検索すると絶賛しているツイートしか出てこないのかと思っていた がどうやら逆らしい。そして、ここから示唆されることは、そういう 「特殊な見方」をしているユーザとそうではないユーザが存在している ということである。これはいったいどういうことだろうか?

 ボクが「異世界スマホ」で検索した方が絶賛されていると勘違いした理由は、「推奨されているものを避けて異質な略称を好む、そんな歪んだクラスタは、異質なアニメをより好んで見ているやつらに違いない」という偏見にもとづいている。自分の狭い観測範囲上では「最高のアニメーション」「本質ですね」といった感想とともに皆「異世界スマホ」の略称を好んで使っていた。「聖剣使いの禁呪詠唱《ワールドブレイク》」という作品をご存知だろうか?これは「俺の脳内選択肢が、学園ラブコメを全力で邪魔している」と置き換えても良いし、制作会社を変えて「ファンタジスタドール」と置き換えても良い。もしかしたら、純粋なアニメファンの中にはこれら作品群の一部を切り取ったキャプチャ画像を見ただけで逃げ出す人もいるかもしれない。「内容がない」「意味が分からない」「会話を学んでこい」など、これらの作品に向けられるコメントは非常に辛辣だ。

 しかし、我々はこれらの作品群を愛しているし、そのような批判は尤もであると熟知した上で絶賛しているのである。永山薫は著書「増補 エロマンガ・スタディーズ: 「快楽装置」としての漫画入門 (ちくま文庫)」の中でロリコン漫画というジャンルが常に 「何が描かれているか」のみをあげつらわれ、「どう読まれているか」という側面が恣意的に無視されている ことを指摘し、警鐘を鳴らしている。同様に、異世界スマホのような異質な構造のアニメを好む視聴者が「どのように見ているのか」ということを無視して作品を批判するべきではない。それはやはり「お前の見方に則していない」以上の議論には発展しなくなるからだ。

 とはいえ、異世界スマホの場合は「イセスマ」で検索すると好意的なのであるから、これは若い世代の純粋なアニメファンの感想ツイートも含まれていると推測される。つまり、純粋な(まだ歪んでいない)アニメファンにとっても物語性の欠けたこのような作品が好まれる時代が到来しつつあるということになるのだろう。そして、ここで主張しておきたいのはそのような世代の批判ではない。むしろその逆で、そのとき、我々は既存の価値観にしがみついて批判するのではなく 一段メタをかませた新しい視点を導入してみると、新しい愉しみ方を見つけることができるのかもしれない 、という可能性の提示である。異世界スマホには最終話で「恋愛神(CV:堀江由衣)」という上位存在が登場する。なんでも、冬夜さんに降りかかるラッキースケベはすべてこの恋愛神が操ったものであり「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ!」とか宣言するやつのことは全力で結婚できなくするとのことである。 f:id:hetyo525:20171002031523j:plain この不自然な着替えシーンは恋愛神の仕向けたものであることが語られる

 恋愛神の存在は、異世界スマホが「メタ視点」から愉しむ作品だ、ということを示唆してくれる。 ヒロインたちは恋愛神の操作で視聴者の都合よい存在としてパッケージングされて出荷されており、それを視聴者に対してまったく隠そうとしていない 。これは異質なことではないか?冒険も恋愛も異世界転生した瞬間から完クリ状態だと視聴者は理解した上で、俯瞰的なというか、箱庭的なというか、感情移入だけではなく、一段階上の窃視者の視点でニヤニヤと眺めているのがちょうど良い作品なのである。

 純粋なアニメファンにとっては理解しがたいことなのは重々承知であるが、ボクは 異世界スマホのCMがリンクスメイトであるだけで面白くて笑い転げてしまうf:id:hetyo525:20171002020643j:plain

これも「特殊な見方」をしているがために発生する現象であり、理解してもらうのが難しいこともわかっている。このような消費のされ方というのは「空戦魔導士候補生の教官」のCM「おせえな……いや、俺が早えのか?」など枚挙に暇がなく、反響があるからこそ企業もこのようなCMをビジネスに盛り込んでいるという側面もあるだろう。

 本当に異質なのは、異世界スマホではなくその作品を受け入れているファンの方なのかもしれない。だがしかし、オタクが尖らなくてどうするのだ。マイノリティに愛情を注ぎ、世間一般からその価値観を糾弾されようとも、 「一人でも多く同好の士が集まる沼の中へとお前たちも引きずり込んでやろう」 という気概を持つことが我々オタクのあるべき姿勢ではないだろうか。もとより価値観が違うことなど承知の上であり、それでも 「相手の価値観を変容させてやるぞ」 と躍起になって魅力を語ったり、創作活動を行うことが、ボクにとっては堪らなく愉しいことなのである。*4

 コンテンツの入り口は広い方が良くて、それはアニメをキャラクターから好きなっても良いし、好きな声優さんが出演しているからという邪な理由で視聴を始めても良い。

アニメロサマーLIVEの裏で行われていた異世界スマホトークショーの様子です。

 もちろん純粋に物語性を愛することも重要であろうが、ようは視点は多く、来るものは拒まず、そして多様性を認めよ、という話に帰結するのである。女性声優のことを顔や身体から好きになっても良いし、そのあと少しずつ本質に近づいてゆけば良いのである。いつまでも身体の話だけしていても困るが、とにかくアニメでもなんでもこれに尽きるのではないだろうか。

 積み上げられた駄文の山をここまで読み進めてくださった皆さまには、是非とも一度色眼鏡を装備していただき、「異世界はスマートフォンとともに。」をご視聴いただければ幸いに思います。若い奴らがどんな気持ちで見ているのかはさっぱりわからん。

anime.dmkt-sp.jp

純情エモーショナル(ユミナver.)

純情エモーショナル(ユミナver.)

 

それとこれは宣伝ですが、冬コミで本を出すので皆さん買ってください。 hetyo525.hateblo.jp

*1:ここでA応Pの疾走感溢れるふにゃっとしたOPが入る。これがないと異世界スマホは始まらない。これもまた欠かすことのできない重要なファクターだ。我々は編曲: 大久保薫を無条件で信頼することしかできない

*2:アニメ1クールでこれを表現することはとても難しい。そのため「お当番回」などと呼称される話は重要な導入装置の役割を果たすのだが、異世界スマホにそのようなものはない。イーシェンに行く話が八重のお当番回といえばそうなのだろうけど、やはり一瞬でサクサク片付いてしまったので記憶に薄い

*3:正直なところ、本稿を書くことに疲れてきたのでサボりたいという気持ちがつよかったです

*4:こんな想定読者も不明な長文を書く必要はなく、もっと上手なやり方はたくさんあると思うので、各自上手にやってゆきましょう